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2013年5月

2013年5月26日 (日)

紫陽花と同じ時期に咲く秋桜    榊 博文

Sakakikosumosu20130526

秋桜もよいよ開になってきました。秋と春に咲く秋桜です。向う側に紫陽花が咲ているが見えます。2013525日に撮影したものです。例年は、桜の種買ってきて夏の終りに蒔いて秋に咲のを楽しむのですが、いじけた秋にしからず、がつかりしていました。また、秋桜の苗を買ってきて植え、花が終ったら種を保存しておき、夏の終りに蒔いていたこともありましたが、この場合も大して大きくはなりませんでした。

 

去年の秋に、やはり小さめの秋桜を4本(お祭りで1本100円!)買ってきて花を楽しみ、あとはそのままにほっておきました。そしたらなんと、今年の春に実生の秋桜が芽吹いて、見事に大輪の花を咲かせました。背丈も本数も、特に本数は何十倍もあります。この秋桜の右側は、トマトとナスを植えてあるので肥料は沢山やってあったにせよ、その点は例年と同じです。秋桜はほったらかしがいいのかもしれません。今年の秋も実生の秋桜が咲いたら、年に2回咲く、秋桜ならぬ春秋桜ということになります。楽しみですね。

 

いつも秋桜の写真ばかりなので、ブルーベリーの実の写真もアップします。まだこんな色ですが、夏には粒も大きくなり紫色になったら食べ頃です。そのままつまみ食いをしても美味しいですし、ジャムにしてもよいです。他愛もないお話しでした。皆様も、何でもよいので載せて下さい。

Sakakiburuberi30130526

以下は、ラズベリーです。これが真っ赤な実になります。右側に小さく写っているのがブラックベリーです。これらも、これから夏にかけてドンドン成長していきます。

Sakakirazumeri2_20130526

私は、憲法改正論者であり、日本核武装論者ですが、それは日本が戦争に巻き込まれないためであり、三度目の核を落とされないために必要だからです。私は、花や自然を愛する平和主義者なのです。

 

日本は4つの核保有国に囲まれており、3つの国と領土問題を抱えています。日本には日本の主張がありますが、その主張を主張として最後まで押し通すには力が必要です。国際政治とはまさしくパワーポリテイックスなのですょ。

 

外交力の力とは軍事力が95パーセント、残りの5パーセントが交渉力、説得力、情報収集力などです。軍事力が対等になってはじめて、交渉力、説得力、情報収集力が生かされるのです。日本は、何かというと、対話で解決しましょう、と言っていますが、これが可能になるためには軍事力が互いに等しいという大前提があります。

 

このようなことを書き始めると止まらないので別の機会に譲りましょう。

2013年5月20日 (月)

秋桜と郷愁   榊博文


Sakakikosumosu20130520

 秋桜のが満開なってきました。2013520日に撮影したものです。秋とに咲く桜なんて、「一粒で二度おいしい」キャラメル(?)みたいですね小学生頃、学校に行く途中に公園があり、こに沢山の秋桜が咲いていて、子心に、んというか、今風に言えば心癒やされるというか、嬉しかったものです。今でも、秋桜を見るとその時のことを思い出します。郷愁ですね。

子供の頃は、時間がゆったりと流れ、1年間がとても長かったのですが、年とるにつれて1年間があっという間に過ぎてしまいます。物理的には同じ1年間なのに、年とるにつれて時間感覚がドンドン変化します。

何故、このように時間感覚が変化するのでしょうか?  どなたか教えて下さい。

ネット論壇に相応しくない、たあいもない内容でした。

 

2013年5月16日 (木)

サッチャー首相の核認識  榊 博文

イギリスのサッチャー元首相は、「アメリカは何故日本に核を落としたのか?」と質問され、「それは日本が核を持っていなかったからだ」と答えました。

他にも答えはいくつもあったはずです。

「戦争を早く終らせたかったからだ」

Гソ連の参戦前にアメリカの手で戦争を終らせたかったのだ」

「原爆の威力を実戦で試したかったのだ」

 

長崎にも落としたことについては

「プルトニウム型原爆の威力も実戦で知りたかったのだ」

 

などです。

しかし、彼女は物事の本質を知っていました。

 

日本が1発でも核を持っていれば、アメリカは日本に核を落とせないことをサッチャーは看過していたのです。

 

実際、アメリカが核保有を認めたのはイギリスに対してだけです。イギリスは地上配備ではなく、原子力潜水艦に核を搭載する方式を選びました。賢明な方式です。

アメリカは、フランスが核を開発する時も大反対しましたが、フランスは結局核を保有しました。

その後のことは皆様もご承知の通りです。

 

日本は、水爆2個で全滅します。

戦争を仕掛けられないために、三たび核を落とされないために、何が必要でしょうか?

 

核を多くの主要国が保有すれば、国際政治における平等性が確保されます。

 

サルトルは、Г一部の国が核を独占することが最大の悪だ」と言いました。

 

一部の核保有国が国際政治を動かしているのが現実です。

無制限に核拡散することには、管理の問題がありますので、賛成はしませんが、サルトルも物事の本質を突いています。

核がテロリストの手に渡ったら、との心配はありますが、核は手榴弾のように簡単に持ち運びできるものではありません。

 

核のない世界が実現すればそれにこしたことはありません。

しかし、パウエルやアーミテージが言うように、「核保有国が核を廃棄することなど夢物語」なのです。パウエルやアーミテージも、人間の本質を知っているのです。

2013年5月12日 (日)

秋桜と核武装    榊 博文

写真は去年の秋に我が家の庭で咲いた秋桜が、この春にも咲いたもので、2013512日に撮影したものです。種が自然に落ち、実生の秋桜が育ち花を咲かせました。春咲きの秋桜はあるそうですが、年に2回咲く秋桜はあるのでしょうか。


Sakakikosumosu20130512

 

写真には写っていませんが、あじさいや、トマト、ナス、ブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリー、ペパーミント、みかん、ゆず、さくらんぼ、なども元気です。このような平和な時間を過ごせるのは幸せなことです。 

しかし、この平和はいつまで続くのか甚だ疑問に思います。隣国が日本の領土を狙っています。北朝鮮は日本に核を落とすと言っています。ロシアの高官は、日本とロシアの間で「通常戦闘が起きた時、日本に核を使用する」と言いました。

核兵器は双方の国が持っているならば使われない兵器ですが、片方だけが持っている場合、使われる兵器になります。通常戦闘では日本は北朝鮮に負けることはありませんが、相手が核を持つ以上、日本は敗れます。アメリカが1万発の核を持っていても北朝鮮がアメリカに届く核を数発か十発持つだけでアメリカは北朝鮮に手が出せなくなります。通常兵器と異なり、核兵器の場合、兵カバランスを必要としないのです。 

インドが核開発をしている時、アメリカは散々インドの邪魔をしましたが、インドが核を持ったあと、ブツシュはインドを訪問しましたし、温家宝もインドを訪問しました。 

核をもたない日本は、三度目の核を落とされても文句は言えないでしょう。核保有しないということは、核を落とされてもいいと言っているのと同じなのです。「二度と許すまじ、原爆を」と言いますが、広島の人でさえ、「そのためには日本の核保有が必要だ」ということを理解するようになってきました。

オバマ大統領がプラハで「核のない世界を作ろう」と演説し、実績もないのにノーベル平和賞をもらいましたが、アメリカはその後も核関連の予算を増やしています。パウエルやアーミテージは、「核保有国が核廃棄するなど夢物語だ」と言っています。 

核不拡散条約は今日世界の常識のようになっていますが、それは大間違いで、「核保有国はこのまま核を独占し、非保有国には持たせない」という不平等条約なのです。日本は愚かにもこの条約に調印しました。 

実はこの条約は、日本に核を持たせまいとしてアメリカが作ったものです。中国が毛沢東時代に核を保有しました。その頃の中国は今の北朝鮮のようにあぶなかしい国で、日本が抑止のために核をもちたいと思ったのは当然です。 

岸内閣や佐藤内閣はアメリカに、日本も核をもちたいと言いました。当時のアメリカは日本の軍拡を恐れていましたので、「アメリカの核の傘で守るから」などと言って日本を丸め込み、佐藤内閣は愚かにも「非核三原則」を打ち出してしまいました。恐らく、沖縄の日本への返還と交換条件だったのかもしれませんが、本当のことは分かりません。 

日本は、平和憲法、極東軍事裁判(東京裁判)、核不拡散条約、非核三原則で、完全に手足を縛られています。しかし、現行憲法下でも核保有は可能です。自衛のための核保有、自衛のための敵地攻撃は可能なのです。憲法などというものは解釈の仕方によっていかようにも運営できるのです。このように書くと物騒に聞こえるかもしれませんが、これが「普通の国」なのです。しかし、現行憲法と自衛隊などの実態はかけ離れているので、憲法を実態に変えるべきなのではないでしょうか。 

日本は、平和憲法のおかげで70年間も戦争をせずにすんだ、と護憲派の人は言いますが、アメリカが背後にいたために戦争をせずにすんだのです。シリアが平和憲法を持っていたらイスラエルはシリアを攻撃しなかったでしょうか?パキスタンが平和憲法を持っていたらインドはパキスタンに侵攻しなかったでしょうか?平和憲法は換言すれば亡国基本法にすぎません。 

このようなことを書き出すとキリがないので、今日はここらで止めにしようと思います。

 

 

 

 

 

2013年5月11日 (土)

護憲か改憲か(その2) Prof. Dr. Hilobumi SAKAKl

                                                2013/5/10

以下は、私の個人的見解であることをまず明確にしておきたいと思います。

円安により、日本の市場の変化は言うまでもなく、欧米、アジアの国際市場も大きく変化し、国際社会の政治も大きく変化しています。

戦後70年近くも続いた日本国憲法もようやく改正の動きが出てきました。独、仏、伊、英も戦後、憲法を十回から数十回変えています。時代の変化に合わせて、憲法といえども、変えるべきなのです。「護憲派」という不思議なグループが存在しているのは日本のみでしょう。

日本国憲法においては、日本は諸外国の平和主義を信頼して、戦力の不保持を謳っていますが、世界中の国が平和主義を標榜しつつ、実のところ非常に好戦的なのですから、日本国憲法ほど日本という国家の安全を脅かすものはありませんね。

人類の歴史をごく短い年表で表すと、それはまさしく戦争の歴史です。人間という種は、他の動物と違って、実のところ、同じ種同志で争う戦争が大好きな種なのです。平和憲法が意味を持つためには、あと何十万年必要でしょうか?おそらく、人間という種が存在する限り、戦争はなくならないでしょう。

人間の攻撃欲は、本能ではありませんが、限りなく本能に近いものです。ですから戦争はなくならないのです。この点の説明をしていると長くなるので別の機会に触れたいと思います。

あなたが天国に旅行したと仮定しましょう。そこの住人は皆優しく、友好的で、親切で、仲良く暮らしています。戦争は勿論、喧嘩や口論さえもありません。食べるものなど、何ひとつ不自由せず、あるいは食欲とか性欲とかの煩悩すらなく、温和で平和な気候が毎日毎日、何年も何年も永遠に続きます。一週間位はいい場所だと思うかもしれませんが、3ヶ月もすると、あなたは飽きがきて、何か刺激が欲しくなるでしょう。どこかで喧嘩をしていないか、何か事件はないのか、と探し始めるでしょう。しかし、そんなものは天国では一切起こりません。誰も口論しないのなら、ひとつ自分が起こしてやろうか。事件や紛争を引き起こしてやろうか、と思うようになるはずです。天国とは、1年も住んだら、生身の人間にとっては退屈で退屈でどうしようもない場所なのではないでしょうか。

勿論、これは男にとっての話であり、女には基本的には該当しません。この理由についても話すと長くなるので別の機会に譲りたいと思います。

「リベラルタイム」という、数ヶ月前の月刊誌に、日高義樹氏が書いているのですが、統計的には、この十数年間、アメリ力では、大統領選挙の行われる4年毎に白人が2%ずつ減っているのだそうです。逆に、黒人、ヒスパニック、アジア系のアメリカ人が増えており、この人たちが投票所に行き、オバマ再選が成ったのです。2016年の大統領選挙では、更に2%ないし3%、白人が減り、黒人、ヒスパニック、アジア系、更には政府の恩恵で食べていこうという人が増えていると予測されるそうです。アメリカは自分の国の中のことに目が向き、世界の安全と秩序を守ることに関心が薄れ、もはや世界の指導国には戻れないと日高氏は述べています。

日本の安全保障をアメリカに頼り切っている日本にとって、アメリカは今後衰退の方向にあり、50年後もアメリカが日本を守ってくれるはずはなく、日米安全保障が続いているはずもありえません。諸外国と同じように、日本人も、自分の国は自分で守る、という意識を持たねばなりません。これは諸外国では当たり前のことなのです。

アメリカは、戦後まもなく、日本という脅威さえなくなればよいとの考えから、日本に戦争放棄をさせましたが、まもなくそれは間違いだったとニクソン元大統領は言っています。味方であったはずのソ連が脅威になってきて、米ソ冷戦時代に入ったのです。そこで、日本に力をつけさせるべく警察予備隊を作らせ自衛隊を作らせました。

今や中国は軍事力を増強させ、アメリカに対抗しようとし、北朝鮮も核をもち、一部の核保有国が世界を攪乱し牛耳ろうとするでしょう。もはやアメリカだけでは抑えが効かなくなっているのです。そのような国際環境の変化によって、経済的には豊かだけれど、戦争放棄を謳ういびつな国家日本は、憲法が時代に合わなくなっているのです。「北朝鮮に多くの人々が拉致され、拉致問題ひとつ解決できない」のは日本国憲法の故だということに何人の人が気付いているでしょうか。

誰が作ったかはさておいて、そもそも、日本の憲法は「おかしい」ことに気がつかねばなりません。変化できない国家や企業は、淘汰される運命にあることは歴史が証明しています。憲法改正は、日本が「普通の国家」になるということであり、大騒ぎすることではないのです。

中国が更に台頭してくると、アメリカは中国と手を結ぶ可能性が出てきます。チャイナメリカによる世界秩序・世界支配の誕生です。その時、アメリカは日本をどう扱うでしょうか。その時、日本が弱小国のままであったなら、アメリカは日本には目もくれないにちがいありません。世界のパワーバランスは常に変化することを忘れてはいけないのです。

2013年5月 4日 (土)

護憲か改憲か Prof. Dr. Hilobumi SAKAKl

憲法改正を口にすることはこれまでタブ一視されてきましたが、金科玉条のように守るのではなく、憲法とは時代に合わせて改正されるべきものです。ドイツでは、日本の憲法に相当するものを戦後数十回も変えています。前の方が言われるように、堂々と議論ができるようになってきたということは、日本がやっと正常な国になりつつあることの証しでもあります。

前の方が基本的な論点を指摘されたので、補足的なことを述べたいと思います。

まず、現行憲法はハーグ条約に違反しています。戦勝国は被占領地に対して一時的に通用する法律を作ることは認められていますが、恒久法である憲法は明白に違返しています。これをアメリカは被占領地日本に押しつけたのです。

次に、憲法改正の手続きの話に入りますが、現行憲法では国会議員の3分の2の賛成が必要とされています。これはアメリカが日本を弱体化するために設けた高いハードルであり、換言すれば3分の1の反対があれば何も変えることはできないのです。憲法や法律は解釈によっていかようにもなるのであり、そんなに高いハードルを設ける必要はなく、どの道「国民投票による過半数の賛同」が必要なわけですから、「国会議員の過半数の賛成」の方が理にかなっています。国会議員の3分の2の賛成が必要とされている国は他にもありますが、日本とは事情が違います。日本は大東亜戦争で負けたので、平和を希求する人が多いのですが、現行憲法では日本の平和を守れないことに目を向けねばなりません。

確かに現行憲法は素晴らしい、理想的なもので、守るべき価値のあるものであるという護憲派の言うことも分かります。かつて、社会党のある党首は「誰が作った憲法であっても、いいものはいいのだ」と言いました。しかし、イラクで自衛隊を守ってくれていたオランダ軍が窮地に陥り、自衛隊に援助を求めてきた時、自衛隊は憲法上オランダ軍を助けることは出来ません。これでも現行憲法はいいものだと言えるでしょうか。

社会党の元党首が言うように「いいものはいいのだ」との説が妥当性をもつためには、憲法前文にもあるように「諸国民が平和を愛する」ならば、そして「すべての国家が日本国憲法と同じように戦争放棄を謳った憲法を持つ」ならば、ということが大前提になります。

しかし、このような平和憲法を持つ国は日本のみです。領土、領海、領空は力で奪い取るものだという19世紀的発想をする国が多いという、国際社会の現実を見るとき、現行憲法では日本という国家を守ることさえ困難です。領空侵犯をした外国の戦闘機を撃墜した自衛隊員は、殺人罪で日本の法律によって裁かれるのです。世界のパワーバランスという現実を認識するならば、現行憲法は理想論すぎて、逆に日本の平和を脅かすものでさえあります。

護憲派の人は、「日本を戦争のできる国にするのか」と言いますが、戦争の出来ない国は、出来る国の殖民地にされるという運命にあります。「日本はまた(侵略)戦争をするのか」と言う人もいますが、それは心配のしすぎで、今の日本はそんな国ではありません。100年後のことは分かりませんが、現行憲法のままでは、それよりもはるか以前に、日本は「領土とは力で奪い取るものだ」という国の領土にされてしまっているでしょう。

憲法を改正するということは、日本の国家主権を回復するということであり、国家主権を考えないということは、「主権」とは言葉の遊びでしかないということに過ぎません。憲法改正は、右傾化などではなく、日本を「普通の国」にし、「主権国家」にするという当り前のことなのです。「戦争放棄」という非常に極端な立場の憲法を持つ国は、今の国際社会の中では滅びに最も近い位置にあるのです。

 ここまで憲法9条を念頭において書いてきましたが、現行憲法は他にも多くの問題点を抱えています。日本の憲法は日本人の手によって自主的に作られるべきですが、GHQの若い将校が一夜づけで作ったものですから日本の文化に合わない点が多々みられます。言語表現的にも日本語として不自然です。社会や世界の変化に合わせ、何度でも憲法を変えられる方が、どんなにか良い国家が出来ることでしょう。そういう意味では成文憲法でない方がいいのかもしれません。

 変化しないものは、つまり、固定するものは、生命であれ、企業であれ、国家であれ、滅びることは自然の摂理であり、今の社会、歴史がそのことを見事に証明しています。 

 

 

 

2013年5月 3日 (金)

憲法記念日にちなんで 三苫民雄

30年くらい前は憲法改正を口にすると、それだけで保守反動のレッテルを貼られたものですが、その当時から比べると、最近は憲法改正自体が話題にされるようになってきたのですから、日本国憲法を取り巻く空気もずいぶん変わってきた気がします。

この憲法をめぐっては、護憲派の立場はそれが人類の理想が表現された崇高なものだと考えている(中学・高校教育の標準的立場ですし)のに対して、改憲派は占領軍によって「押し付けられた」憲法だとして「改正」を主張しているというのが、対立する陣営の基本的な考え方かと思われます。

本日も各地で護憲団体と改憲団体がそれぞれに集会を開催しているはずですが、どちらにもくみせずに自宅でこんな文章を綴っていると、両陣営から蛇蝎のように嫌われることでしょうけれど、端から見ている限り、どうやら両者が折り合うところはまったくないように見えます。

しかし、憲法についての論議を深めるべきだという点において両陣営に異存がないとすると(互いに相手を仇敵とみて排除すべしとするなら別ですが)、この対立する陣営が互いに論点を整理し、話し合う機会を設けるべきだろうと考えます。

まあ、人は頭に血が上っているうちはそんなことはできないでしょうけれど、もしも、われわれが苦手にしている本格的な議論というものが将来行われるとした場合に備えて、ここでいくつかの基本的な事実を確認しておきたいと思います。

1 現行憲法が20人程度の占領軍スタッフにより1週間で作られたこと。

 これは当時のベアテ・シロタ・ゴードンの証言からも明らかです。

2 したがって、かなりの急ごしらえのため、近代市民社会の崇高な理想が書かれていると言えば言えますが、現行憲法はいろいろな国の基本法や条約のつぎはぎにも見えます。例えば憲法9条前段の表現のように、パリ不戦条約1条をそのまま借用してきたところがあり、これが後段との解釈で問題を起こしたりします。

3 この憲法が日本の主権が回復していない米軍占領統治下に制定されたこと。

 いくら内容が崇高だからといっても国家が主権を回復してからあらためて憲法を制定しないと筋が通りません。この手続きをしっかりしないと近代市民国家とは言えないことを押さえておく必要があります。護憲派の立場でも現行憲法を改めて制定し直すべきだという主張はあっていいと思います。

4 現行憲法が手続き的に無効だとすれば、「憲法改正」というのはあくまで大日本帝国憲法の改正であるべきでしょう。この憲法を時代に合わせて改正すると、形の上ではずいぶんすっきりとした近代憲法ができることでしょう。しかし大日本帝国憲法でも、プロイセン憲法の影響を受けています。近代西洋文化がいろいろと問題を引き起こしてきたことを考えると、これも理想的な憲法にはなりそうにありません。

5 そこで、もっと日本の伝統的法意識に即した基本法が改めて考えられてもいいと思います。何よりもまずは聖徳太子の十七条の憲法です。

憲法改正を言うなら、実はここからではないでしょうか。これでは内容の多くは役人心得のようなものではないかという批判もあるでしょう。しかし、今日の官僚がこのとおりに仕事をしてくれたら、日本の抱える問題のほとんどが解決してしまうのではないでしょうか。

それはともかく、これに肉付けをする必要は当然あります。その際の参考になるのがこれです。

6 十七条憲法に加えて、わが国固有の基本法として検討すべきなのが、貞永式目(関東後成敗式目)です。

貞永式目は鎌倉時代の慣習を集大成したものですが、室町、江戸を通じて、幕府の基本法としての役割を果たしてきました。かの穂積陳重が貞永式目を集めて研究していたことは知られています。男女同権思想なんかは占領軍に言われなくても、ここに明記されています。

以上本気で国民の憲法を作ろうと思うのでしたら、護憲派の人も改憲派の人もぜひご一考いただきたいポイントを挙げさせていただきました。それぞれリンクを張っておきましたので、この連休中にでもお目通しいただければと思います。

ちなみに私の立場は、現在のところ、いっそのこと成文憲法をなしですましてはどうかという「廃憲論」に傾いています。もちろん、それはそれで大日本帝国憲法を廃止するという手続きは必要ですが。

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