2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 憲法記念日にちなんで 三苫民雄 | トップページ | 護憲か改憲か(その2) Prof. Dr. Hilobumi SAKAKl »

2013年5月 4日 (土)

護憲か改憲か Prof. Dr. Hilobumi SAKAKl

憲法改正を口にすることはこれまでタブ一視されてきましたが、金科玉条のように守るのではなく、憲法とは時代に合わせて改正されるべきものです。ドイツでは、日本の憲法に相当するものを戦後数十回も変えています。前の方が言われるように、堂々と議論ができるようになってきたということは、日本がやっと正常な国になりつつあることの証しでもあります。

前の方が基本的な論点を指摘されたので、補足的なことを述べたいと思います。

まず、現行憲法はハーグ条約に違反しています。戦勝国は被占領地に対して一時的に通用する法律を作ることは認められていますが、恒久法である憲法は明白に違返しています。これをアメリカは被占領地日本に押しつけたのです。

次に、憲法改正の手続きの話に入りますが、現行憲法では国会議員の3分の2の賛成が必要とされています。これはアメリカが日本を弱体化するために設けた高いハードルであり、換言すれば3分の1の反対があれば何も変えることはできないのです。憲法や法律は解釈によっていかようにもなるのであり、そんなに高いハードルを設ける必要はなく、どの道「国民投票による過半数の賛同」が必要なわけですから、「国会議員の過半数の賛成」の方が理にかなっています。国会議員の3分の2の賛成が必要とされている国は他にもありますが、日本とは事情が違います。日本は大東亜戦争で負けたので、平和を希求する人が多いのですが、現行憲法では日本の平和を守れないことに目を向けねばなりません。

確かに現行憲法は素晴らしい、理想的なもので、守るべき価値のあるものであるという護憲派の言うことも分かります。かつて、社会党のある党首は「誰が作った憲法であっても、いいものはいいのだ」と言いました。しかし、イラクで自衛隊を守ってくれていたオランダ軍が窮地に陥り、自衛隊に援助を求めてきた時、自衛隊は憲法上オランダ軍を助けることは出来ません。これでも現行憲法はいいものだと言えるでしょうか。

社会党の元党首が言うように「いいものはいいのだ」との説が妥当性をもつためには、憲法前文にもあるように「諸国民が平和を愛する」ならば、そして「すべての国家が日本国憲法と同じように戦争放棄を謳った憲法を持つ」ならば、ということが大前提になります。

しかし、このような平和憲法を持つ国は日本のみです。領土、領海、領空は力で奪い取るものだという19世紀的発想をする国が多いという、国際社会の現実を見るとき、現行憲法では日本という国家を守ることさえ困難です。領空侵犯をした外国の戦闘機を撃墜した自衛隊員は、殺人罪で日本の法律によって裁かれるのです。世界のパワーバランスという現実を認識するならば、現行憲法は理想論すぎて、逆に日本の平和を脅かすものでさえあります。

護憲派の人は、「日本を戦争のできる国にするのか」と言いますが、戦争の出来ない国は、出来る国の殖民地にされるという運命にあります。「日本はまた(侵略)戦争をするのか」と言う人もいますが、それは心配のしすぎで、今の日本はそんな国ではありません。100年後のことは分かりませんが、現行憲法のままでは、それよりもはるか以前に、日本は「領土とは力で奪い取るものだ」という国の領土にされてしまっているでしょう。

憲法を改正するということは、日本の国家主権を回復するということであり、国家主権を考えないということは、「主権」とは言葉の遊びでしかないということに過ぎません。憲法改正は、右傾化などではなく、日本を「普通の国」にし、「主権国家」にするという当り前のことなのです。「戦争放棄」という非常に極端な立場の憲法を持つ国は、今の国際社会の中では滅びに最も近い位置にあるのです。

 ここまで憲法9条を念頭において書いてきましたが、現行憲法は他にも多くの問題点を抱えています。日本の憲法は日本人の手によって自主的に作られるべきですが、GHQの若い将校が一夜づけで作ったものですから日本の文化に合わない点が多々みられます。言語表現的にも日本語として不自然です。社会や世界の変化に合わせ、何度でも憲法を変えられる方が、どんなにか良い国家が出来ることでしょう。そういう意味では成文憲法でない方がいいのかもしれません。

 変化しないものは、つまり、固定するものは、生命であれ、企業であれ、国家であれ、滅びることは自然の摂理であり、今の社会、歴史がそのことを見事に証明しています。 

 

 

 

« 憲法記念日にちなんで 三苫民雄 | トップページ | 護憲か改憲か(その2) Prof. Dr. Hilobumi SAKAKl »

時事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 護憲か改憲か Prof. Dr. Hilobumi SAKAKl:

« 憲法記念日にちなんで 三苫民雄 | トップページ | 護憲か改憲か(その2) Prof. Dr. Hilobumi SAKAKl »

最近のトラックバック