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2006年5月31日 (水)

西澤潤一『愚直一徹 — 私の履歴書』

 古本屋で投げ売りされていたのを運良く入手しました。著者はかねがね題名通りの人だと思っていましたが、愚直が運を呼び寄せているのでしょう。最終的にはかなりの強運の持ち主でもあるようです。この強運にあやかれるかどうかはさておき、著者の研究に対する誠実な姿勢は是非見習いたいと思います。敵は増えるでしょうけど、いつの間にか先方で勝手に自滅しているようです。
 ところで、本書に出てくる「三河義通」(みかわきっとう)の話や、誕生日が3で割り切れるというのは運が強いといった話は、お爺さんの昔話という感じで、好きです。ちょっと古い本ですが、最近20年くらいの話を加えた増補版が出たら改めて買いたいと思います。

(日本経済新聞社昭和六十年1100円)

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2006年5月29日 (月)

伊東信宏『バルトーク』

 バルトークの民俗音楽研究家としての側面に光を当てた好著です。2万曲にものぼる民俗音楽のコレクションがあり、そのうち彼のライフワークとされる『ハンガリーの民謡全集』全九巻は、まだ第1巻しか出ていないというのですから、本当にとてつもない仕事だと思います。また、ラヴェルとはお互いに刺激しあっていたふしがあることもわかり、興味をひかれました。1922年のプルニェール家の晩餐におけるバルトークとイェリーの演奏は、その聴衆の顔ぶれだけでも世紀の事件であったことがわかります。ラヴェル、シマノフスキー、ストラヴィンスキー、ミヨー、プーランク、オネゲルといった、そうそうたるメンバーです。こんなすごい場所が成立していたということ自体が驚きです。

(中公新書1997年660円+税)

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2006年5月28日 (日)

上坂冬子『日本はそんなに悪い国なのか−A級戦犯・靖国問題・平和記念碑設立をめぐって』

 著者は平和記念碑を新たに造るべしとの立場で、え、そうなの?という感じもしますが、平和記念碑自体は元来近隣諸国への配慮から考えられたものではないことがわかり、これはこれで傾聴すべき提言だと思いました。それだったら、新たに記念碑を造って、首相にはそちらで「公式参拝」していただき、靖国神社については天皇陛下に日本の神道の総元締めとして、御参拝いただくというよりはむしろ、慰霊のための神事を陛下自ら主宰し、執り行なっていただくというのはどうでしょう。天皇家というのは本来国民を代表して神に祈る神官の総代のような存在だったのですから、神事を執り行うのはさほど不自然なことではないと思われます。
 ところで、本書には瀬島龍三や中曽根康弘との対談も収録されていて、彼らなりにいろいろと考えていることもわかりましたが、やはり、瀬島氏は責任逃れの軍事エリートの伝統を受け継ぐ小賢しい元参謀という印象をぬぐえず、中曽根氏の公式参拝中止の理由も言い訳がましく響きます。後からなら何でも言えますからね。
 なお、靖国神社宗敬者総代の山本卓眞氏の発言で、アメリカにはパブリック・レリジョン(市民宗教)という観念が強固に残っており、9・11以降再び隆盛になったという指摘(160−161頁)には興味を惹かれました。機会があったら調べてみたいと思います。巻末の資料もいろいろと有益です。

(PHP文庫2005年533円税別)
 

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2006年5月24日 (水)

パース『連続性の哲学』

 同僚の美学の先生がパースが好きだとおっしゃっていたので、随分昔に読んでほとんど忘れていたこの思想家にもう一度注目してみました。幸いツンドク状態にあった近年の翻訳書があったのを思い出したので、引っ張り出して読んでみました。昔読んだときはわからなかったのですが、パースには複雑系の思想家の先駆けのようなところがあることに気がつきました。また、形而上学をためらうことなく堂々と説いているのも実に新鮮です。単なるプラグマティストと呼ばれることに本人が抗議したというのもむべなるかなです。一般的なプラグマティストより遙かにスケールの大きなことを考えていたことは本書からも十分うかがえます。
 ただ、本としてはまとまりが悪く、あっちゃこっちゃで卓越したアイデアを、それもかなり独断的なスタイルで言いちらかしているので、ただでさえ簡単でないものがより一層わかりにくくになっています。本当はウィトゲンシュタインのように断章のスタイルで書いたほうが思考形態にもふさわしかったのかもしれません。
 他の哲学者への言及としては、プラトンに対する近親憎悪のようなところがあったり(もう一つの世界の存在を暗示するようなところは好みです)、あるいは観念連合についてヒュームの考えに近いところも見いだされますが、同時代のE・マッハについてはまったく認めていないし、当然ながらマッハの示した時空間の相対性というアイデアもはなから受けつけません。それでも、純粋かつ燃えたぎるがごとき哲学的情熱が感じられ、引き込まれます。魅力的な思想家です。
 なお、このややこしい本を見事に解説している訳者の力量にも驚かされました。岩波文庫の解説は普通ぱっとしないものが多いのですが、これは例外です。解説だけ先に読んでおけばよかったと後悔するくらいです。

(伊藤邦武編訳岩波文庫2001年700円+税)

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2006年5月23日 (火)

上坂冬子『戦争を知らない人のための靖国問題』

 いわゆる靖国問題をめぐる事実と論点がきっちりと整理された本で、勉強になりました。特にサンフランシスコ平和条約を批准していない国が、この問題に発言する資格はないというのが本書の立場ですが、私の知る限りこれは著者以外に今まで誰も言い出さなかったことだと思います。法律家的なセンスが光っています。
 また、A級戦犯の処刑が1948年で、中華人民共和国の成立が1949年ということも年表を見ればわかりそうでいて、以外に盲点になっていることに気がつかされました。単純に思い込む前に知らなければならないことが、特にこの問題についてはたくさんありそうです。最後の182頁から186頁にかけて「声明書」(著者私案)が載っていて、これが本書の主張のレジュメにもなっています。まずはここをざっと眺めると本書が通観できて便利かもしれません。

(文春新書2006年720円+税)

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2006年5月22日 (月)

五十嵐らん『世にも不思議な中国人』

 これって、面白すぎ。最初から最後まで抱腹絶倒の嵐です。日頃留学生別科の中国人留学生を相手に、こんなところにゴミを捨てるな、とか、タバコを吸うなとかうるさく言っている私としても参考になる点がたくさんありました。「そっかー、もともとこんな人たちなんだ」ということがわかるだけでも助かります。本書に出てくるような想像を絶する汚さというのは、彼らの住む学生寮を見るとだいたい想像がつきますが、たぶんもっと格段にひどいのでしょうね。現場では怒りを通り越して、もう笑うしかないということも多々あるのでしょう。それでも著者は彼らに深甚なる興味を持ち、愛情を持った目で見ているところが覗えて、読後も決して殺伐とした感じにはならないところがいいですね。著者のブログもこれから時々訪れてみます。勇気づけられそうです。

(ワニブックス2006年952円+税)

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2006年5月21日 (日)

日下公人『男性的日本へ』

 雑誌に連載された著者の巻頭言をもとに、書き下ろしもかなり加えつつまとめられた本です。元の形が短文なので、いろいろなエピソードや斬新な発想が凝縮されていて、著者によってすでに書かれた本や、これから書かれるかもしれない本のレジュメのようなところもあります。「麻雀を学校で必修科目にせよ」(48頁)というのは同感で、運と付き合いながらの戦略的発想が養われるので、ヘンに頭でっかちの実行だけは伴わない理論派にならないですむことでしょう。小学校で英語を必修にするくらいなら、代わりに麻雀を教えたほうが教育的効果が高いはずです。麻雀はチェスや将棋と違って、頭の善し悪しではなく、ツキがあるかどうかで決まるところが実社会のシミュレーションになっていると思います。もしも導入されれば、さぞかしたくましい子どもが育ってくるでしょうし、学校や授業が面白くなれば、陰湿ないじめも減ることでしょう。ただ、英語よりもっと早期に、勉強がわからなくなってくる小学校3年生くらいから導入したほうがいいと思います。
 また「日本の法律は外国に見せるためにつくったよそ向けのもの」(147頁)という指摘も、言われてみればそのとおりで、憲法なんか英文が先行しているくらいですもんね。現在国会で審議中の共謀罪を巡る法律も、外国に見せることにばかり気がいっています。もちろん、だからといって「これは建前にすぎません」とも言えないのがつらいところです。それでもやはりヘンな法律をつくってしまうと、近代法治国家としては困るはずです。いくら日本人でも、はっきりした条文を無視して話し合いだけですべてを乗り切ることはできないのではないでしょうか。

(PHP研究所2005年1200円税別)

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2006年5月19日 (金)

日下公人『闘え、日本人 外交とは「見えない戦争」である』

 副題は世界の常識だと思いますが、わが国の政治家や外務省の役人の常識ではないのが残念です。それにしても、いつもながら著者の博識と斬新な発想には驚かされます。著者の他の本でもありましたが、若者の人口が増加することが戦争を招くという主張は、ガストン・ブトゥール『幼児殺しの世界』(みすず書房)によるものだということがわかりました。残念ながら絶版ですが、どこかで探して読んでみようと思います。また、長く戦争を続ける国同士は互いに似てくるという主張も面白いと思いました。十字軍とイスラム世界など好例ですが、その帰結としてはアメリカはテロとの戦いを続けることで今後ますますテロ国家に近づき、いっそうえげつないことをし始めるだろうという予言は、第二次イラク戦争を見ると、もうすでにほとんど当たっていると思います。わが国はそのアメリカに友人として忠告すべしということが「闘い」の核心になってくるというわけです。はたしてわが国は男気を示すことができるでしょうか。

(集英社インターナショナル2005年1680円)

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2006年5月18日 (木)

ヘーゲル『改訳 大論理学下巻』

 久々の更新になります。ヘーゲルはさすがに速くは読めません。それにしてもこの巻はクライマックスで予想通り面白かったです。一般的には無味乾燥なものという印象のある論理学に、心とか生命とか主観的なものをどんどん詰め込んで「絶対的理念」にまで到達する思考力というか筆力には、やはりとんでもないものがあります。天才というべきかあるいはひょっとしたら大いなる愚鈍というべきか、ちょっと紙一重のような気もします。
 本書の細かい議論の道具立てについては、サルトルやブロッホといった思想家への影響も感じられます。日本では西田幾多郎や田辺元、あるいは三木清にも影響を与えているのがわかります。もっとも、これらは借用先ではほとんどがきわめてつまらない議論になっていますが。
 私にとって、ヘーゲルが面白いのは、「概念」というものが存在と本質の統合されたものとして客観性を帯び、その完璧なものが「理念」、さらには「絶対的理念」となるという、論理学に時間的経過が加わった物語となっているところにあります。ここで用いられている用語は普通の言葉ではなくて、物語の登場人物のようなものです。そして、物語を進める上で鍵となっているのが「否定の否定」という弁証法論理です。細かい議論について行くのは煩わしい部分もありますが、全巻通読するとそれなりにわかった気にさせられます。
 ただ、読んでいると常に「形式論理的には『否定の否定』から何か神秘的なものを導き出すのはおかしいのではないか」、という悪魔のささやきならぬおそらくは天使のそれが聞こえてきます。ヘーゲル自身は熱烈な信仰者であったにもかかわらず、神への冒涜者であるという批判があることも理解できます。やっぱ「絶対的理念」に到達するのはまずいんじゃない、ということだと思います。
 もっとも、キリスト教嫌いの日本人一般にとって、ヘーゲルは(そしてカントも)本当に難しい思想家だと思います。読むのはいいけど下手に応用しようなんて気は起こさない方がいいのかもしれません。
 それから、訳文は思いの外読みやすかったのですが、訳語で「無関心的な」というのが頻出します。「どうでもいい」という意味の言葉なのでしょうが、他にもっといい訳はないものでしょうか(とはいえ、もちろんこの翻訳は本当に一生ものの労作だと思います)。

(武市健人訳岩波書店昭和36年)

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2006年5月12日 (金)

薩摩秀登『物語 チェコの歴史』

 各時代の象徴的人物を描き出すことで、通史も暗示するという粋な歴史叙述の手法です。チェコの歴史を順に読むのは根気が要りますが、こういう形なら歓迎です。文章も明快で読みやすいですし、極端な話、チェコ史に興味がなくても通読できます。
 プラハが当時必ずしも十分な理解を得られなかったモーツアルトを手厚くもてなし、長らく愛し続けたというのはなかなかいい話です(第8章)。思えば、映画「アマデウス」のロケ地もプラハだったと聞きます。あのいい街並みはセットでなければ確かにプラハならではのものだったかもしれません。モーツアルトとプラハとの縁はおそらく20世紀にも生きていたということになるのでしょう。
 著者とは面識がありますが、本を読むのはこれが初めてです。まさかこんな名文家とは思いませんでした(別に風貌で判断しているわけではありません。歴史家として稀代の名文家だという意味です)。これから他の本も読んでみます。

(中公新書2006年820円+税)

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2006年5月10日 (水)

西岡常一『木のいのち木のこころ(天)』

 いい本です。日本の職人の良さが満載です。日本の古くからある寺社がこうした個性的な職人の手によって、さらには木一本一本の個性を活かして組み立てられているわけですね。日本の伝統建築にはこういう見方があるのかとあらためて教えられました。人を生かし、木を活かすということなのでしょうが、本当に奇跡と言ってもいいくらい大変なことです。伝統、文化、教育をはじめ、いろいろな面で本当に参考になります。
 私も親戚に宮大工がありましたが、10年ほど前に残念ながら広島での被爆の後遺症で亡くなりました。浮ついたところの全くない物静かな人で、顔に「職人」と書いてあるようなタイプでした。「戦後」は終わってなかったのです。
 ところで、本書を読んで、宮大工は仕事がいつもあるわけではないので、伝統的に田畑を持ち、そこから生活の糧を得ることになっていると知りました。それで親戚の家も田畑があるのか、と腑に落ちるところがありました。
 著者のお弟子さんの小川三夫氏による同名の本『木のいのち木のこころ(地)』も遠くないうちに読みたいと思います。

(草思社1993年1400円)

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2006年5月 9日 (火)

渡部昇一『ヒルティに学ぶ心術 渡部昇一的生き方』

 ヒルティの『幸福論』は読みさしのまま放ってあるのですが、『眠られぬ夜のために』は続編まで読んで感銘を受けた記憶があります。「渡部昇一的生き方」にはあまり関心がありませんが、優秀な実務家でもあって、決して浮いたことを言わなかったヒルティの生き方は参考になります。研究室に行く時間もなく、月曜から金曜まで9時~5時半まで教務課の事務机に張り付いて、合間に6~7駒の授業をこなすという、事務職兼任短大教員の私にとって、仕事と研究の両立は常に現実的な課題ですが、ヒルティの具体的な助言に大いに勇気づけられます。
 本書では、ヒルティが体系的な著作というものに重きを置いていなかったことがわかって、良いヒントをもらった気がします。また、品行が良くない人で謎めいた魅力を有する人がいるのは「多くが愛情があるから、あるいは愛情があるように見えるから」(171頁)という指摘も面白いと思いました。渡部氏の読解にも深いものがあります。

(致知出版社平成9年1600円)

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2006年5月 7日 (日)

榎本重男『はじめて学ぶドイツ語』

 連休中は時間を見つけては本書に取り組んでいました。自分のドイツ語力を基礎からもう一度点検するつもりで読みました。未習の語彙は欄外に鉛筆で書き出しておいて、繰り返して眺めては覚えたものから消していくという方法で(この方法は高校時代の英語の先生に教わりました)、これからしばらく通勤電車の友にするつもりです。
 古本屋で偶然にも105円で手に入れた古い本ですが、実によくできた独習書です。読解力養成に主眼をおいた独自の構成で、形容詞の格変化が早いうちに出てきたりと、文法項目の登場する順序も「読む」という目的からみて実に理にかなっています。会話とか文化とか余計なものに色気を出さずにストレートに目的を達成しようとする本で、辞書の引き方をはじめ、初心者の間違いやすい点がきっちりと解説されているのも特徴の一つです。
 この手の本では関口存男の『初等ドイツ語講座』3巻本がやはり名著です(こちらはユーモアあふれる名文が特徴です)が、本書はより初心者に優しい解説と豊富な読解演習が特徴です。新版も2000年に出ているので、新正書法に対応しているはずです。ドイツ語を早く読めるようになりたい人にはお薦めです。

(東洋出版1981年2060円)

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2006年5月 2日 (火)

日下公人『いまだからこそ学ぶべき 日本軍の教訓』

 旧日本軍についての本を読むと、辻政信を初めとするエリート参謀のえげつなさにいつも血圧が上がりますが、本書はその辺の何とも歯がゆい事情がきっちりとまとめられています。加えて山本五十六凡将論の決定版でもあります。かつては時の人でもあった瀬島龍三なんぞがいかに無能でつまらない人間だったかということもきっちり書かれています。とにかくこれだけ無能で小狡い戦争指導者たちがいたため、かの大東亜戦争が惨敗に終わったということがよくわかります。そして、この軍人エリートの官僚主義をそっくり受け継いでいるのが戦後の高級官僚であることは言うまでもありません。
 こうした日本軍の失敗は、教訓として活かすなら、これほど示唆に富んだ事例はないとも言えるわけで、−企業の失敗は残念ながらふつう記録されませんから−本書は日本社会論として、組織論として出色のものです。
 また、最終章での「日本にとっての憲法は、外国人に見せるためのものである。または反政府勢力が自分の都合を言い立てるときに利用するものにとどまっている」(185−186頁)という指摘に続いて、憲法前文に「気高い国とは気高く付き合うし、悪い国には毅然とした態度で臨む」(186頁)と書いてはどうかと提案しています。実に新鮮です。こういう発想はどこから出てくるのでしょうね。感心させられることばかりです。

(PHP研究所2005年1,200円税別)

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