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2006年6月30日 (金)

『ベルグソン全集 第6巻 道徳と宗教の二源泉』

 以前岩波文庫版で読んでいて、今回必要があってそれを再読しようと思ったのですが、せっかくだから恩師の翻訳で読むことにしました。ゼミで長らくお世話になって翻訳者の語彙に違和感がなかったからかもしれませんが、こちらの翻訳の方が私にはよく理解できました。ベルグソンの思考のリズムは独特で、視覚的イメージを(あるいはおそらくフランス語原典では聴覚的イメージをも)次々と重ねていくような文体なので、読者としてはついて行くのがしんどい部分があります。ただ、一方でこの文体はときには論理ではとらえがたい現象をうまくすくいとるのに適してもいて、これが成功しているところでは、他の哲学者の追随を許さないオリジナリティーが発揮されています。
 全体の哲学的議論の枠組みはキリスト教哲学、それもカトリックのそれです(教会が公式に認めているそうです)が、ここでは印象的な細部の指摘を以下少々紹介します。たとえば「肉体の死後も生き残る魂というわれわれの観念が、今日では、肉体自身の死後も生き残りうる肉体というイマージュを覆いかくしている」(157-158頁)。また、戦争の原因の一つに人口増加を挙げている(349-350頁)ことも、ベルグソンが現実的な視点を失わない哲学者だったことがわかって、改めて感心させられました。楽観的で明るい哲学です。

(中村雄二郎訳白水社1969年第3版900円)

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2006年6月26日 (月)

日下公人『私が「この国」を好きな理由』

 古本屋で見つけてすぐ買って読みました。本書の存在は今まで知りませんでしたが、こんな時、古本屋は重宝します。少し前の本ですが、当時の状況分析は的確です。時代の最先端の現場の事情に対する好奇心と、観察眼の鋭さ、そしてアイデアの斬新さにはいつもながら驚かされっぱなしです。日本のことも外国のことも本当によく知っている人だと思います。
 ところで、本書に出てきたヘーゲルの『歴史哲学講義』ですが、今まで総論しか読んでいなかったので、機会があったら各論の各国史を読んでおこうと思います。西洋中心の歴史哲学の親玉ですから、やはり面倒臭がらずに押さえておく必要がありそうです。

(PHP研究所2001年1100円税別)

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2006年6月23日 (金)

アリストテレス『ニコマコス倫理学(下)』

 下巻をようやく読み終えました。所々でさすがに鋭い考察が見られるものの、全体としては平板でいつ終わるかわからないような論理が続きます。面白いはずの話題をことさら退屈に書く名人です。体系化して学問にしようという邪心のなせるわざなのかなという気もしますが、もっと体質的なものなのかもしれません。
 演劇の手伝いばかりしていて勉強をしなくて困る、とかつて師匠のプラトンを嘆かせたアリストテレスは、お説教が効きすぎたのか、いつのまにかこんなに優等生になっていました。自ら演出家になって、あるいは役者になってでも、もっと演劇的に盛り上げてくれていたら、その後のスコラ哲学なんかはひと味もふた味も違った展開になっていたことでしょう。でも、それだったら師匠の二番煎じになってしまうので、やはり本人としてはこの体系的学問化の道を選ばざるをえなかったのでしょうね。

(岩波文庫1973年350円)

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2006年6月22日 (木)

テンニエス『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト(下)』

 ようやく読み終えました。著者の細かい議論には、むせかえるようなゲマインシャフト的情念が満ちあふれていて、いずれはそうした共同社会的なものが利益社会に取って代わられて、社会全体が滅亡する、という悲観的な予測が立てられています。こんなに悲観的だとは以前に読んだときには気がつきませんでした。たとえていうと、ルソーが悲観的になってシュペングラーの憂鬱さを加えたような印象があります。ただ、当時の流行の思潮や諸概念が著者の頭の中には渦を巻いたように混在していて、これが本書の記述の曖昧さにいっそう輪をかけています。当時としては著者は最先端の流行を追いかけていたのかもしれません。その意味で、本書には思想史的には興味深い記述も出てきますが、やはり理論としては一流とは言い難く、題名の有名さのわりには中身を読まれない本かもしれません。

(岩波文庫1986年400円)



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2006年6月20日 (火)

テンニエス『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト−純粋社会学の根本概念−(上)』

 奥付を見たら1985年に刷られたものでした。20年ぶりに再読ですが、当時読むのに苦労した覚えがあります。今回も読みにくいなあという印象です。全体の図式は明確なのですが、具体的な記述がその図式を必ずしも論証しているわけではなく、どちらかというと思いつきの羅列としか思えないほどごたごたしています。かなり直感的で情熱的な文章です。ゲマインシャフトについて論じるときには特にそうした傾向が顕著です。そうした記述の中で意外に思ったことは、著者がイギリス経験論哲学に対して高い評価を与えていることです。また、H・S・メインの「身分から契約へ」というアイデアが本書にも影響を与えていたことがわかったのは、思想史的な流れとしてはちょっと興味深く感じました。でもまあ、理論としてはやはりマルクスの社会構造のアイデアが本書に先立って光彩を放っていたことは否定できません。
 このあたりの事情に目を配りながら、K・ポランニーの「二重運動」から遡る形で、社会理論の対象について、近いうちに自分なりにまとめてみようと考えています。

(杉乃原寿一訳岩波文庫1985年400円)

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2006年6月18日 (日)

アリストテレス『ニコマコス倫理学(上)』

 アリストテレスについてはもう20年以上前に『政治学』と『形而上学』を難儀しながら読んで、その退屈さに辟易した覚えがあります。何もそこまで無理してまとめなくてもいいのに、という感想を持ったことを覚えています。にもかかわらず、今回本書を紐解くに至ったのは、恩師のT先生から「正義についての考察はプラトンとアリストテレスに尽きている」という便りを受け取ったためです。それで、プラトンの著作はほとんど読んでいるので、この機会に今まで読んでなかった倫理学をと思ったわけですが、こうして中年になってから読んでみると、当たり前ですが、やはりただ者ではなかったことがわかりましたし、恩師のことばも確かにその通りだと感じました。
 アリストテレスの思考法はいわゆる「中庸」を説いていて、法学の実践的な論理に近いものがあります。本書の訳語で「知慮」というのが、法律的思考に最も親近性があるように思いました。実践的という点では、パースのプラグマティズム(パース本人のいうところではプラグマティシズム)よりずっとプラグマティックです。
 また、イデアについても独特のとらえ方をしていて、これなくして日常の実践的判断ができないということにも目配りが行き届いています。というわけで今回はかなり感心させられている次第ですが、それでも私としてはプラトンの徹底した世界と較べると、なぜかあまり好きにはなれません。どうしてでしょうね、理屈は通っているのですが、感情が着いて行きません。しかし、ひょっとして下巻まで読んだら、また違った感想になるかもしれません。そのときにはまた書きます。

(岩波文庫1971年350円)

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2006年6月17日 (土)

塩野宏『行政法Ⅱ[第四版]行政救済法』

 行政訴訟法の改正があったので(2005年4月施行)、これに伴って行政法の教科書も改訂版が揃いつつあります。本書は初学者にはいきなり専門的議論に入るところがあるため、ちょっとお薦めできませんが、論争的なスタイルで、結構刺激的です。注釈でも細かく議論が続くところがあって、読み応えがあります。また、制度史的な記述がきっちりと押さえられているのも特徴です。教科書としてはかなり個性的な本ですが、最近の公務員試験ではこのタイプの本からも出題され始めているようです。試験対策として利用するなら、本書を通読しながら判例の知識を整理するのも効果的かもしれません。
 ところで、かつて有斐閣から同著者と原田尚彦共著による『演習行政法』という名著が出ていました。法改正に併せて改訂されないかと版元に問い合わせたのですが、その予定はないとのことです。今おそらく演習書は売れないのでしょうね。他社でも判例集などはそれなりに出ていますが、演習書というのは見ていません。きょうびの法学部や法科大学院ではどんな教育がなされているのでしょう。
 私がたまたま教えている経営学部の公務員志望の学生たちには、教科書説例をしっかり考えて論述するというのが、法学に限らず論述能力を伸ばすためにも実に良い勉強になるので、学生に教えるときには改正法の影響を考慮しつつ、『演習行政法』を用いて、模範答案も2種類以上作りながら授業を進めています。作文能力という点では4月から始めた学生たちですが、少しずつそれらしく書けるようになってきています。

(有斐閣2005年2300円+税)

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2006年6月15日 (木)

佐藤光『ポラニーとベルグソン』

 先日読んだ同著者の本には不満もありましたが、教えられるところも少なくなかったので、本書も紐解いてみました。しかし、全体の3分の2弱にあたる都合130頁が『カールポランニーの社会哲学』の記述とほとんど同じものでした(増補改訂はありますが)。著者によると博士号学位請求論文もこの部分をもとに書かれたとのことですので、一粒で二度おいしいキャラメルどころか、三度もおいしい思いをされたようです。
 ところで『ポラニーとベルグソン』というのでどんな本かと思ったら、ポラニーについての論考とベルグソンについての論考が同じ本に別々に載っているという感じです。実はマイケル・ポラニーとベルグソンのことかと思って入手したのですが、同じポラニーでも経済人類学の創始者、兄カールのことで、なーんだ、と思ってツンドク状態になっていたのでした。ベルグソンと関係が深いのはむしろ弟のほうだと思いますが、カールのはっきり言って浅薄なキリスト教理解の文言にこだわりすぎると、標題のような本は書けたとしても、このカトリックの思想家同士のつながりは見えてこないと思います。
 なお、細かいことですが、カール・ポランニーが「在学時代の実践活動を理由にブダペスト大学を追われ」(8頁)とあるのは間違いで、法学部での勉強が嫌いで卒業が危うかったため、ヨーロッパで当時最も学位を取りやすかったコロジュヴァール大学に転校したというのが真相です。なお、誘ったのは書簡などからおそらくルカーチだったと推測されています。カールはその後首尾よく弁護士になりますが、その仕事も厭で厭でたまらなかったそうです。

(ミネルヴァ書房1994年3500円)

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2006年6月14日 (水)

エーゴン・フリーデル『近代文化史2』

 読みかけのまま長らく放っておいた本でしたが、ようやくこの巻を読み終えることができました。フリーデルはウィーンの役者で、この本も世界的な演出家として名高いマックス・ラインハルトに捧げられていることにあらためて気がつきました。いったいどんな資料を使ってここまで書けるのかわかりませんが、各時代の細部にわたるエピソードとその雰囲気が見事に再現されています。これは歴史学者には到底不可能なことで、おそらく優れた歴史家にしかできないことだと思います。
 また、思想家についての理解も見事としか言いようがありません。毒舌といえば確かに毒舌ですが、しっかりと各思想家の主要著作を読み込んだ上で批評しているのがよくわかります。凡百の思想史研究者が束になってかかっても太刀打ちできない鋭さがあります。畏るべきディレッタントです。こういう人をこそ見習いたいと思います。二段組みの三巻本ですが、残りの巻もまた少しずつ読んでいく予定です。

(宮下啓三訳みすず書房1987年4944円)

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2006年6月13日 (火)

佐藤光『カール・ポランニーの社会哲学−『大転換』以降−』

 カール・ポランニーは生前に発表した著書『大転換』でも、十分に完成された思想を表明したとは言い難いところがありましたが、書いた原稿自体は晩年の「ウィークエンド・ノート」を含めて相当な量になります。著者はそうしたポランニーの断片的な原稿をも含めて、特に「二重運動」を中心としたその思想を創造的に補完しながら読み解くという興味深い方法を採っています。これは、おそらくポランニーの読み方として最も有効なものではないかと思われます。終生社会主義者としての立場を離れなかったポランニーですが、マッキンタイアやベルといったアメリカのコミュニタリアンに具体的に影響を与えていたことは意外でした。著者はポランニー自身の思想がコミュニタリアニズムの方向に進展していく必然性も説得的に論じています。そのほかにも勤勉な著者らしく、様々な思想家の著作が参照され、ポランニーの思想との比較が試みられています。中でもトムソンの「モラル・エコノミー」という概念にも興味を覚えました。
 ただ、諸思想解説の手際の良さに較べると、現実の経済現象の描写がかなりステレオタイプで気になります。「欧米の革新的アイディアを導入し、薄利多売のシェアー拡大競争に明け暮れてきた日本企業の脆弱な体質、より具体的には、欧米企業に比較して驚くほどの低収益率しか上げ得ない経営体質」(139−140頁)という描写はその典型です。収益率を二の次にして研究開発に力を注ぐ製造業の現場については、研究書に載っていなくても関心を払ってほしいものです。ここには欧米企業と日本企業の経営哲学の違いも現れています。おそらくポランニーならこの場合むしろ日本企業を支持すると思います。
 また、この著者も私の嫌いな一部の知識人と同様、「すべからく」を「すべて」の意味で用いています(203頁、242頁)。これで本書の美点が私にとってはほとんど帳消しになってしまいました。こういう表現というのは結局一種の虚仮威しですから、威された方としてはいい気はしません。大学の先生の書いた本としてはさすがによくお勉強されていて、それなりに良い本だとは思いますし、知人の先生でもいらっしゃいますので悪く言いたくはないのですが、やはりがっかりです。

(ミネルヴァ書房2006年5,000円+税)

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2006年6月12日 (月)

唐津一『日本経済の底力』

 十年近く前の本ですが、このころから著者は同じ話題を幾度となく繰り返していることがわかります。日本の技術力の凄さを説き続け、人々に勇気を与える姿勢はずっと一貫していて敬服しますが、ちょっと繰り返しが多い気もします。
 それでも、アメリカの特許システムが特許を直ちには公開しないで、いきなり違反を言い立てるという手前勝手なものになっていることは、本書で初めて知りました(44頁以下、今までも読んでいたのかもしれませんが)。また、わが国の品質管理の優秀さは、歩留まりを改善することから始まっていることを改めて教えられました。「歩留まりを改善して不良率を下げるほどコストが下がるのが当然だ」(51頁)というのは、さすがに現場でものを作り、また現場を見て歩いてきた著者ならではの視点だと思います。

(日本経済新聞社1997年1600円+税)

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2006年6月 8日 (木)

秋本律郎・石川晃弘・羽田新・袖井孝子『社会学入門』[新版]

 読みやすい入門書ですが、まるで二期会や二科展の絵のように、平板な退屈さを醸し出しています。書き方も今一つ芸がなく見事にツボを外しています。教科書の副読本にはいいのかもしれませんが、牧歌的な時代の遺物とも思えなくもありません。ただ、こういう実証性のない時事放談風の文章を学生の頃に真似すると、浮ついた悲惨な答案になってしまいます。それも、二十歳前後の学生がまねすると、滑稽さを通り越して哀れですらあります。と、かつての自分の文章を振り返ってみたりするわけです。
 それでも唯一面白いと思ったのは、第1章で現象学的社会学を文化社会学の亜流だと断言しているところでした。いっそこんな感じで全編切りまくったとしたら、なかなか痛快な本になったのにと思います。

(有斐閣新書1995年824円)

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2006年6月 7日 (水)

小出楢重『小出楢重随筆集』

 独特の着眼、着想とユーモアに満ちた随筆集です。かつて、群よう子が読書エッセーで絶賛していたので買っておいたのですが、先日のNHKの「日曜美術館」でこの画家の絵に少なからず心を動かされたので、本棚から引っ張り出して読んでみました。とぼけた味が何ともいえません。算術が嫌いだというくだりで「私は5+5を羽左衣文衛門がやると100となったり、延若がやると55となったり、天勝がやると消え失せたりするような事を大いに面白がる性分なのである」(53頁)という具合です。
 こうしたユーモアだけでなく、鋭い批評精神も脈打っています。「油絵新技法」の章は絵を志す人なら一度は読んでおいたほうがよさそうに思います。その中には次のような箇所がありました。
 「画技の下敷となり半死半生の姿を以て、しかもそれに馴れ切って平然と生きている処の大勢があるものである。そして形だけは整頓した処の、例えば甲冑を着けたる五月人形が飾り棚の上に坐っている次第である。かかる者を総称して近代の若い人たちはただ何んとなく、アカデミックという風の名称を捧げているように思う」(329頁)
 そういえば名高い盗作&セクハラ画家も、クビになったとはいえ、かつて東京芸大卒の大学教授でアカデミックでした。ま、どのアカデミック業界も似たようなものですが。
 ところで、大正10年に渡欧した際にパリの物価が安くて感激しているところがあってへぇーっと思いました。当時のわが国の経済力はなかなかのものだったようです。また、旅行当時の画家のスケッチも結構あり楽しめました。

(岩波文庫1987年720円)

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2006年6月 3日 (土)

米原万里『オリガ・モリソヴナの反語法』

 面白い小説でした。エッセーの続編かなと思いながら読み始めていくうちに、種も仕掛けもある精密に作り込まれた小説だということにあらためて気づかされます(読者モードの切り替えには多少時間がかかりましたが)。本書では、圧制下のラーゲリで非業の死を遂げた何千万もの人々の無念の思いが、著者にあえて小説の形をとらせたのかもしれません。無数の本当の話をまとめるには小説という虚構の形式のほうが便利なのかと愚考します。いずれにしても、著者の構成力は日本人離れしています。本書がもし外国語に翻訳されたなら、世界中でかなりの読者を獲得できるのではないでしょうか。冷戦下のソ連・東欧の重たい雰囲気はエッセーのときと変わらず実にリアルに表現されています。
 ところで、テレビで生前の著者の表情を見ていて、昔、帰国子女で日本の学校に溶け込むのに苦労していた1級下の女の子を思い出したことがあります。日本の外でも中でも苦労すると思いますが、とりわけ日本に帰国したときのショックが大きいと、あんな感じの影になるのかな、と勝手に観相学しています。それにつけても、著者にこんなに優れたエッセーや小説を書いてもらうと、逆カルチャーショックに苦しむ帰国子女は励まされる思いを抱くのではないでしょうか。これも私の勝手な思いこみですが。

(集英社2002年1890円)

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2006年6月 1日 (木)

米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

 先日お亡くなりになった著者ですが、単行本を読むのはこれが初めてです。テレビのコメンテーターとして、著者のちょっとナイーブすぎるかなと感じる発言が気にかかっていたので、雑誌連載のエッセーなどに感心しても、また、普段から好みが私と近いところのある読書家の叔母が著者の大ファンだということも知ってはいたのですが、単行本には手を出さずにいました。これが、読んでみてびっくり。確かにめちゃんこ面白かったです。政治的にナイーブでも名文家という人では、そういえば池澤夏樹がいたのを思い出しました。
 本書は、著者がチェコはプラハのソビエト学校で学んだときの友達に30年以上たってから再会するという「あの人は今」の中・東欧版です。ギリシャ人のリッツァ、ルーマニア人のアーニャ、ボスニアのヤースナの3人のとてつもなく濃い人生が見事な文章で語られます。現代ヨーロッパ個人史とでもいうべきでしょうか。実に感動的な本でした。しかし、まだお若いのに残念なことです。遅ればせながら、ご冥福をお祈りします。

(角川書店平成13年1400円税別)

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