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2006年8月31日 (木)

D・ヒューム『人性論(二)』

 ヒュームの二巻目読了しました。対象と印象との間をつなぐものは想像あるいは「虚想」しかないという主張ですが、このことをかなり周到に論証した後で、本書の後半では、そういうことを言ってしまって世の中の人の多くを敵に回すだけでなく、自分でも何も言えなくなってしまうという内容のことを結構正直に書いています。「かような発見は[原因の考察に於て]仮初めにも得心できると思う希望を悉く断つだけでなく、[考察しようとする]願望そのものまで妨げさえする」(121頁)と言っています。
 しかし、他のところで、当該対象の「性質が印象と共通でない限り、心はこれを思うことができない」(88頁)とも言っているので、〈認識はできないが共通する事実〉という出口はすでに開けています。これをカントのように突破するのも一つの有力な方法でしょうが、ヒューム本人は開き直って『イギリス史』などのベストセラーを立て続けにヒットさせ、豊かな印税生活を送ったと見ていいのかどうかは、残りの巻を読んでから判断します。
 それにしてもヒュームの懐疑論的認識論は強力なので、宗教関係者から総スカンを食らったというのはうなずけます。スピノザの理論を批判しながらも、スピノザの議論のヘンなところは神学者のヘンなところと性質としては同じだ、と言ったりするのですから、彼らの目には神経を逆なでするような所業と映ったことでしょう。

(大槻春彦訳岩波文庫復刻版1995年460円)

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2006年8月29日 (火)

P・ファイアアーベント『哲学、女、唄、そして・・・ -ファイアアーベント自伝-』

 面白い本でした。著者は独特の偽悪的なポーズをとることが多いので、誤解されてきたきらいがありますが、並はずれた知力と才能と情熱に溢れた人だということがよくわかります。波瀾万丈の放浪人生ですが、最期は愛する妻に看取られながらこの自伝の筆を置き、人生の幕を引くわけですから、人生という舞台の理想的な退場の仕方かもしれません。
 自伝という形式ですが、サービス精神も旺盛なので『方法への挑戦』や『自由人のための知』といった他の著書のエッセンスもしっかり含まれています。また、リアリティーや女性、道徳や愛についての独特の考察が特に本書の後半にちりばめられており、この人はどちらかというと体質的にはアフォリズム系の哲学者だったんだということがわかってきます。たとえば次の引用を見てください。
 「知的な女性と一緒にいたいと私が思う理由の一つは、彼女たち、他の徐たちの考え、世界に向かう彼女たちの姿勢、そういったものが、私の持つそれらよりもずっと画然と規定されていないことにある。彼女たちと話していると、思考と情緒、知識と虚構、真面目なことともっと軽い心に由来するもの、それらの間にある境界が解消されるからである。その結果として、私自身も画然とした規定から解放されるからである」(243頁)
 という具合で、女性の持つ力の微妙なところをなかなかうまく言い表しているように思います。
 残念なのは翻訳で、時々何が起こって、誰が何をしたのかわからなくなっている箇所があることです(179-180頁など)。文章の主語を補ってくれたらと思います。また、一般的な人名や地名の表記が独特なものになっている場合があるのも気になりました(ウリクト→ライト、エイヤー→エヤー、チューリッヒ→ツューリッヒ)。「すべからく」も微妙な使い方ですが、やはり権威主義的誤用でしょう(「教師はすべからく定められた教室にいることになっている」182頁)。要するに訳文はファイアアーベントのリアルな態度からは懸け離れたものになっているわけです。
 しかし、この訳文にも多少慣れてきたので、同訳者のシャルガフ『ヘラクレイトスの火』も(昔読みかけて訳文が気に触ってやめていたのですが)再挑戦してみようかと思っています。ハンガリーの亡命知識人の様子に関心がある以上、避けて通るわけにも行かないのです。

(村上陽一郎訳産業図書1997年2678円)

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2006年8月26日 (土)

三ヶ月章『一法学徒の歩み』

 著者の『法学入門』に感銘を受けて以来贔屓にしていますが、このエッセー集もなかなかの好著でした。文章は平易かつ正確ですが決して無味乾燥ではなく、むしろ情熱的で、言いたいことはしっかり言っていて、独特のリズムと味わいがあります。文体というのはやはり持って生まれた才能なのでしょうね。
 著者の『民事訴訟法』は法改正以前の版なので私が今後読むことはないと思いますが、この体系書のファンも少なくないようです。木村晋介弁護士なんかそうですし、行政法の藤田宙靖氏も『行政法Ⅰ(総論)』の序文に名前を挙げていました。読者の心を熱くさせてくれるようです。
 そういえば『法学入門』を高く評価していたのは私の恩師の中村雄二郎先生でした。そもそも師匠が褒めていたのがきっかけで私も読んだのでした。今思い出しました。やっぱ学恩を受けていますね。思えば他にもいい本をいろいろと紹介してもらいました。多謝。
 さて、本書は昭和30年代のエッセーも含まれていて、いろいろと当時の状況も偲ばれます。また、当時匿名で書かれた文章からは当時の状況改革への重要な提言が熱く語られています。東大法学部の教授として、また、最高裁判事として、日本の法学をリードしてきた人なのだということが、あらためてよくわかりました。威張ったところがまったく感じられないのがいいですね。

(有斐閣2005年2800円+税)

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2006年8月24日 (木)

D.ヒューム『人性論(一)』

 10年ほど前にリクエスト復刊されたときに買っておいたものですが、9月からドゥルーズのヒューム論の原書講読会を主催することもあり、ようやく読む気になりました。翻訳が1948年のものなので訳文や用語は古いのですが、英文の意味はかなり正確に捉えられているように感じます。あとはこちらの想像力です。
 哲学書の例に漏れず、かなり考えながら読みましたが、それだけ得るものはあります。考えれば考えるほど面白い、不思議な哲学です。何より理性というものをこれほど信頼していない哲学者はそうはいません。そのストイックなまでの不信は何に基づいているのでしょうね。
 ヒュームの時代背景を考えても、真理とか本質とか言ってしまうとよっぽど楽だったろうと思いますが、代わりに観念の連合とか、勢いとか反復とか習慣といった独特の用語で思考を展開していきます。反復が習慣になり人間の持つ印象を限定することで必然が登場するのであって、必然的な因果関係というものが客観的に存在するのではない、ということになります。
 それにしても、幾何学的な観念、例えば三角形といった観念はどうやって説明するのかと思わないでもありませんが、要するに人間の不完全な理性で完全性を描写することがそもそも間違っているという信念があるようです。そして、こうしてみると、ヒュームがカントに与えた影響の深刻さも多少わかってくるような気がします。
しかし、こんな完成度の高い本を25歳の若さで書いてしまうとは、驚くべき早熟です。哲学には天才というのはないものだと思いますが、早熟というのは確かにあるようです。

(大槻春彦訳岩波文庫1995年670円)

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2006年8月23日 (水)

日垣隆『使えるレファ本150選』

 レファ本とは著者の造語で参考図書のこと。本書はライターの七つ道具を披露してくれています。著者が常にしっかりした根拠に基づいて発言しているのも、こうした七つ道具が駆使されていることによるのだということがわかります。
 しかし、こうやって150冊を選ぶということは、ここに挙げられた以外の膨大な類書の中から選んだということですからすごいことです。便利で面白そうなレファ本の紹介であるこの本自体が、ある意味で「レファ本のレファ本」になっているのですが、面白いのでついつい最後まで読み通してしまいました。著者の思う壺かも。
 で、それはそうとして、これはと思った本が少なからずあったので、私としては本書を指針としながら鳥や植物の図鑑や『図説 日本の財政』あるいは『日本俗語大辞典』『人生儀礼事典』あたりを徐々に揃えていこうと思います。

(ちくま新書2006年780円+税)

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杉本信行『大地の咆哮 元上海総領事が見た中国』

 元チャイナスクールの外交官が癌と闘いながら書いた本です。文章は明快で内容的にもバランスがとれています。とても元官僚が書いた本とは思えません。
 靖国問題については宗教的意味を国内外にねばり強く説明しながら分祠の方向で検討するという立場ですが、その際決して外国に言われたからといって参拝を中止してはならないと言います。そうするとカネのためにプライドを捨てる国としてかえって甘く見られ、結果として国益を甚だしく損ねることになると警告しています。さすがに著者は中国人の側の理屈とメンタリティーがよくわかっています。
 また、中国の農民のとてつもない窮状も客観的資料とともに活写されており、一読の価値があります。巻末に付録として収録された「日中を隔てる五つの誤解と対処法」はコンパクトで著者の立場がよくわかります。まずここから読むのもいいかもしれません。
 本書が著者の遺作にならないことを願っています。

(PHP研究所2006年1,700円税別)

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2006年8月22日 (火)

日垣隆『いい加減にしろよ(笑)』

 著者の他の本であっさりと触れられていたことが、本書では綿密に調べられた動かぬ証拠を突きつける形で展開されていて、その主張にあらためて納得させられます。冒頭の細木数子や平山郁夫についての文章も非常に公平な記述です。かといってもちろん内容は退屈の対極にあり、読後感は爽やかです。このバランス感覚が良いですね。本人にもしっかりインタビューをしつつ、目一杯あたれるだけの資料にあたるという、その取材から執筆に到るまでの姿勢はプロ中のプロのそれだと思います。なお、最後の「バカ本鑑定」の章は本当に笑えました。

(文藝春秋2006年1314円+税)

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2006年8月21日 (月)

日垣隆『急がば疑え!』

 週刊「エコノミスト」の巻頭エッセー「敢闘言」をまとめた最新版。凝縮されたコラムを一度にたくさん読むのは大変です。おまけに著者はサービス精神にあふれているので、随所に徹底して調べられた貴重な情報や、いかにも面白そうな本の紹介が詰まっています。さすがに一ヶ月に100冊読む人だけのことはあります。で、本書でも相変わらず戦闘的で、ルポルタージュでの「金父子の御真影」という表現をめぐる朝鮮総連による糾弾集会に著者本人が出ていって「天皇の御真影が×で、金父子の御真影が◎である理由」を徹底して求め、いやがられたりしています(231頁)。すごい。

(日本実業出版社2006年1300円税別)

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2006年8月20日 (日)

日垣隆『どっからでもかかって来い! 売文生活日記』

 いつも著者の情報収集力とパワーに驚かされます。本書は世の中の有象無象の理不尽な莫迦たれども(銀行とか不動産業者とか実名で出てきます)との戦闘日誌でもあります。この喧嘩の仕方は見事です。参考になります。といっても、あくまでイメージトレーニングにとどめておきたいところです。
 また、世の中の出来事に対しての著者の正確な推理は見事です。小泉首相の靖国参拝の仕方と中国の出方や、JR福知山線の脱線事故などは全くもって著者の予想の通りでした。少しでも著者にあやかって、また速読に励みたいと思います。幸い明日からまた通勤電車の中で乱読できそうです。家にいると時間がありそうでいて、かえって読書のペースが落ちます。サラリーマンの電車通勤体質が染みついているようです。家の中につり革でもぶら下げておきましょうか。

(WAC2006年1333円+税)

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2006年8月13日 (日)

『大学通信教育共通教材 哲学』

 8日から10日まで突然ピンチヒッターで通信教育部の哲学のスクーリングが入ったため、教科書として読まざるをえないはめになりました。読んでみたら、ふつうの退屈な概説書ではなく、それなりに工夫のある教科書だということはわかりました。それぞれの分担執筆者が意欲的な論考を寄せた形になっていて、中には面白い論考もありますが、参考文献がほとんど外国語の気合いの入った研究論文のようなものもあって、初学者にはあまりにも親切ではありません。というわけで、かえって教科書としては使いづらいものになっています。書かれた時代が昭和61年ということもあって、木田元がマルクスに高い評価を与えていたり、沢田−小泉論争なる慶応大学内の論争がとりあげられていたりと、歴史的資料のような記述があったりもします。
 それにしても、哲学の初学者向けにもっと面白い本が書けないものかと思います。たとえば哲学の伝統的問題についての考え方が示されているような、気の利いた演習形式の本を誰か作ってくれないでしょうか。

(財団法人私立大学通信教育協会編昭和61年非売品)

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2006年8月 5日 (土)

『DVDバスケットボールテクニックバイブル』

 書店で1500円で売っていました。DVDも60分収録されていてお得です。今後こういう形の書籍が特にスポーツ関係では増えるかもしれません。
 監修者のFAR EAST BALLERS というのは日本人5名からなるプロストリートボールチームで、各地でバスケット教室を開催しているとのことです。プレーぶりは思いのほか基本に忠実で、あらためて基本の大切さを教えてくれます。さすがプロだなと思わされたのは、彼らのボールハンドリングの見事さです。ただ、ディフェンスのテクニックがまったく収録されていないので、勝つためのバスケットを追求している体育会系中高生には、あまり役立たないかもしれません。生真面目なコーチなんかは有害指定図書扱いするかも。
 しかし、バスケットのような(わが国ではマイナーな)スポーツの裾野が広がることは全体のレベルアップにもつながります。実際、今年の夏に日本でバスケットボールの世界選手権が開催されることを知っている日本人はあまりいないでしょう。今後このチームがわが国に楽しいバスケットボールを普及させてくれることを期待しています。

(監修者 FAR EAST BALLERS 西東社2006年1500円+税)

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