P・ファイアアーベント『哲学、女、唄、そして・・・ -ファイアアーベント自伝-』
面白い本でした。著者は独特の偽悪的なポーズをとることが多いので、誤解されてきたきらいがありますが、並はずれた知力と才能と情熱に溢れた人だということがよくわかります。波瀾万丈の放浪人生ですが、最期は愛する妻に看取られながらこの自伝の筆を置き、人生の幕を引くわけですから、人生という舞台の理想的な退場の仕方かもしれません。
自伝という形式ですが、サービス精神も旺盛なので『方法への挑戦』や『自由人のための知』といった他の著書のエッセンスもしっかり含まれています。また、リアリティーや女性、道徳や愛についての独特の考察が特に本書の後半にちりばめられており、この人はどちらかというと体質的にはアフォリズム系の哲学者だったんだということがわかってきます。たとえば次の引用を見てください。
「知的な女性と一緒にいたいと私が思う理由の一つは、彼女たち、他の徐たちの考え、世界に向かう彼女たちの姿勢、そういったものが、私の持つそれらよりもずっと画然と規定されていないことにある。彼女たちと話していると、思考と情緒、知識と虚構、真面目なことともっと軽い心に由来するもの、それらの間にある境界が解消されるからである。その結果として、私自身も画然とした規定から解放されるからである」(243頁)
という具合で、女性の持つ力の微妙なところをなかなかうまく言い表しているように思います。
残念なのは翻訳で、時々何が起こって、誰が何をしたのかわからなくなっている箇所があることです(179-180頁など)。文章の主語を補ってくれたらと思います。また、一般的な人名や地名の表記が独特なものになっている場合があるのも気になりました(ウリクト→ライト、エイヤー→エヤー、チューリッヒ→ツューリッヒ)。「すべからく」も微妙な使い方ですが、やはり権威主義的誤用でしょう(「教師はすべからく定められた教室にいることになっている」182頁)。要するに訳文はファイアアーベントのリアルな態度からは懸け離れたものになっているわけです。
しかし、この訳文にも多少慣れてきたので、同訳者のシャルガフ『ヘラクレイトスの火』も(昔読みかけて訳文が気に触ってやめていたのですが)再挑戦してみようかと思っています。ハンガリーの亡命知識人の様子に関心がある以上、避けて通るわけにも行かないのです。
(村上陽一郎訳産業図書1997年2678円)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。


コメント