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2006年11月30日 (木)

アダム・スミス『道徳感情論(上)』

 感情の問題を綿密に観察し考察した本です。ただ、昆虫とか植物を採集して標本を作るような感じなので、読み通すのはかなり退屈です。もっとも、時々登場する次のような記述には感心させられました。
 「われわれは他人の不謹慎と粗野について、かれ自身は自分のふるまいが不適切だという感覚をなにももたないように見えても、赤面するのであって、なぜなら、われわれがそのように道理にあわないやり方で行動したら、みずからどんなに狼狽せざるをえないかを、感じないわけにはいかないからである」(32頁)
 大学にはしばしば自分の履歴や業績をごまかして地位を築こうとするクズのような人間が紛れ込むことがありますが、このくだりを読んだとき、ただちに何人かの顔が思い浮かびました。本人たちは自分の嘘と厚かましさが同僚たちだけでなく学生にもバレバレになっていることに一向に思いが至らないようです。講義ができない、日本語が書けない、事務処理能力なんかまったっくないといった輩が、大学教員の顔をして威張りたい一心で学内を徘徊する様子は、外から見たら珍獣の集められた動物園さながらでしょう。もちろん檻の中では嵐が吹き荒れることもしばしばで、大迷惑です。

(水田洋訳岩波文庫2003年860円+税)
 

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2006年11月22日 (水)

佐藤俊樹・友枝敏雄編『言説分析の可能性-社会学的方法の迷宮から』

 社会学という学問は、その対象と方法を確立するのに苦労し続けている分野で、研究者自身もある社会の一員でありながら、その「社会」をとらえる視点は可能なのかという問題が常につきまといます。
 このところ流行している(いた?)「言説分析」という方法もまたその例外ではありません。「言説」を分析する言語はいったい何なのか、という問題が常に背後霊のようにつきまとっています。

 そもそも言説というのはひょっとしたら私の師匠の中村雄二郎がフーコーの discours にあてた訳語かもしれないのでとやかく言いにくいのですが、何だかわかったようでわからない日本語ではあります。もちろん、だからといってこの「言説」をディスクールやディスコースなどと言い換えても事情は変わりません。
 それにしても、蓮實重彦の語り口にモロ影響を受けた文体の論考も3篇ばかりありあって、かつてのポストモダンのブームの中で自己形成を遂げた研究者が今日の主流となっていることがわかります。この手の文章は但し書きが多くて読みにくいところはありますが、意味がとれないわけではないところは救いです。決して面白くないわけではないという一種の芸風ですが、ここではかっこよすぎじゃないですか。
 また、この新しい言葉に飛びついてくだらない研究を乱造している社会学者も少なくないということが本書の論考中の指摘からわかります。私はこの業界に関わりはありませんが、どうやら莫迦も多くてあまり面白くなさそうな状況のようです。
 論者の中では橋爪大三郎が言説分析を自身の言語ゲーム理論の中にうまく組み入れて解説しているのが印象的でした。なるほどこう考えればいいのですね。この人の社会学関連の論考はいつもわかりやすくてためになります。

(東信堂2006年2000円税別)

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2006年11月21日 (火)

屋山太郎『怒れ!日本人-「デタラメお上」にぶつける21の公憤」

 1998年の本ですが、お上のデタラメぶりは相変わらずで、著者の指摘がほとんど古くなっていないのが悲しいところです。国の借金だけは当時からさらに200兆円ほど増えています。この本の書かれた当時の内閣法の改正だけが救いかと思われますが、これも政治家がだらしないなら、あまり効果は期待できません。政治家はもとより国民全体が官僚化してしまっては、いくら法律を変えてもダメでしょうね。
 一億総官僚化社会は自己の無能さをさらけ出さなくてすむので、凡人にとっては楽ですが、組織の中でうまく立ち回る小狡い人間だけが幅をきかせるようになると、個々人の持つ本来の能力が萎えてしまって、社会の活力なんかなくなってしまうでしょう。こうした大人の生態を正直に映し出す学校では、ひょっとしてイジメだけが生徒たちの密かな楽しみというような社会がすでに実現しているのかもしれません。

(PHP研究所1998年1,429円+税)

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2006年11月20日 (月)

野矢茂樹『論理トレーニング101題』

 名著『論理トレーニング』の問題集。101題は解きごたえがありました。接続詞の使い方から始まって、最後は質問や批判ができるようになるまで実にうまく構成されています。最近の大学生はゆとり教育の成果のため、知識がないだけでなく、うまく言葉を使うことができない(先生もそうですが)と言われていますが、それなら後から訓練するしかありません(先生もね)。この本はうまく使えば、かなり効き目がありそうです。本書が最後に「論理トレーニングの成果は、親、兄弟、友人、恋人、そしてとりわけ配偶者に対して無分別に発揮してはいけない」(148頁)という注意書きで締めくくられているのはなかなか味わいがあります。問題として採用されている文章には論理的に破綻を来しているつまらないものもあり、そこを読み取る訓練でもあるのですが、そんなくだらない文章を書く著者はどこのどいつだ、という疑問にも巻末の出典一覧が答えてくれていて、二度楽しめます。セクハラで訴えられた心理学者なんかの文章もありますが、やっぱりヘンです。この論理性のなさがセクハラにつながるかどうかは不明です。

(産業図書2001年2000円+税)

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2006年11月16日 (木)

レイ・ブラッドベリ『メランコリイの妙薬』

 ブラッドベリはかつて大好きな作家だったので、今回本書が復刊されたと聞いて早速入手して読んでみました。22篇の短編のうち、2篇だけが想像通りのブラッドベリらしい作品でした。後は退屈だったり肩すかしを食らったような作品だったりします。途中で何を言っているのかわからなくなるようなところがあるのは、言葉をできるだけ刈り込みながら、同時にイメージをきらびやかに伝えようとするこの作家のスタイルのためかと思われます。
 わからないのはひょっとしたら日本語として必ずしも読みやすいとはいえない翻訳のせいかとも思われるときもありますが、次のようなくだりを読むと、やっぱり作家の責任なのだろうと思われます。ある短篇の最後の一文ですが、「それから、鳥籠の扉を閉め、あとずさりし、そして待ち受けた」(98頁)とあります。この作品をさかのぼって読んでみても、何を待ち受けたのか不明のままです。
 かつての短篇集『太陽の黄金の林檎』なんかこんな箇所は一切なくて、鮮烈な印象だけが残っているのですが、私の頭の中でこの作家に対するイメージが膨らみすぎたのでしょうか。

(吉田誠一訳早川書房2000円+税)

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今村都南雄・武藤博己・真山達志・武知秀之『ホーンブック行政学』

 10年前に買っておいた本ですが、久しぶりに読み返しました。内容は古くなっているところもありますが、読みにくい文章を書く人の多い行政学の本の中では通読しやすいものの一つです。細かいエピソードが書き込まれ、コラムも設けられていて、無味乾燥な教科書にならないよう工夫されています。また、7章と8章は公務員試験にも役に立ちます。辻清明の『行政学概論(上)』に含まれていない行政責任と行政統制論はこの7章の記述で補うといいかもしれません。
 なお、近刊で同じ出版社から著者がある程度重なっている『ホーンブック基礎行政学』というのが出ているので、そちらもフォローしておくつもりです。ネットで目次を見る限り、本書の後継シリーズのようです。新たにどのような工夫がほどこされているか楽しみです。

(北樹出版1996年2678円)

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2006年11月14日 (火)

畑村洋太郎『失敗学実践講義-だから失敗は繰り返される』

 JR福知山線脱線事故や森ビルの回転ドア事故といった近年の大事故を題材にとり、具体的に失敗を分析した本です。人間の注意力や集中力には限界があるということを自覚し、それを見越して自分で対策を立てる(77頁)べしという主張は大事故を避けるための鉄則だと思います。このことを「いい加減にやる」という表現を用いるところが著者らしいところです。その心は、本当に優先すべきことを取捨選択し、要求されたことに適度に対応する(同頁)ということですが、きまじめな人は誤解するかも。
 それはともかく、言われてみればもっともながら、忘れがちになる事柄が、実に正確に指摘されています。火災については「何でも燃える」という前提から出発するという具合です。実際に鉄そのものは燃えなくても塗装や内装材、作動油、潤滑油などが燃えると、鉄でできた機械や乗り物は炎上するわけですから、まことにその通りです。「子どもには好奇心がある」ので、何にでも突撃すると考えておくべきだというのもまたその通りです。
 著者は事故現場に必ず足を運んで事故を検証した上で本書をまとめています。珠玉の指摘に満ちています。世の中には「バカと専門家は細かいことを言いたがる」という大法則があり、その背後には「バカと専門家は細かいことが気になる」という法則があるという指摘(138頁)は低次元の議論を延々とやっている大学の教授会を彷彿とさせてくれます。
 自分たちの大学の入学者数減少について、教授陣は根本的対策を取らないというよりは、取ることができない、あるいはそもそも入学者数減少の意味を理解できないということなのでしょう。そう言えば、大学にはバカな専門家というのや専門家のふりをしているバカなんかもいますが、これは単なるバカの部類ですから結局同じことですね。

(講談社2006年1600円+税)

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2006年11月13日 (月)

林壮一『マイノリティーの拳-世界チャンピオンの光と闇』

 世界チャンピオン5名のルポルタージュ。天国と地獄を見てきた人たちを直接取材しながら書いた本です。日本人でもこういう本が書けるのですね。著者はプロテスト合格後故障でボクサーの道をあきらめ、アメリカに渡って10年間生活しながらこういう上質のノンフィクションをを書き上げました。大変なことだと思います。ボクサーたちへの愛情にあふれています。
 世界チャンピオンに3度もなりながら、興行主から「噛ませ犬」という役割を担わされていたため、ほとんど脚光を浴びずに終わってしまったアイラン・バークレーというボクサーの存在を本書で初めて知りました。人為的な悲惨さに満ちた世界です。亀田-ランダエタ戦のような不条理な判定もしばしばあり、その点でもアメリカはやはり本場のようです。
 しかし、その中で懸命に生きて戦っている彼らの姿はやはり感動的で、多くのことを教えてくれます。私の職場にも不条理なこと不当なことが山ほどありますが、結局現在自分の目の前の仕事に全力を尽くすしかありません。周りを見たら、しばしば学歴や業績をごまかしながら、ズルして楽して威張りたい人びと(大学教員)ばかりなので、いやになりますが、同化したらおしまいですもんね。

(新潮社2006年1400円税別)

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2006年11月11日 (土)

三浦しをん『風が強く吹いている』

 驚異の青春駅伝小説です。同じアパートに住むほとんど素人の大学生たち10人が一年で箱根駅伝の予選会を突破して本戦に出場するという、ふつうに考えたらありそうもない話ですが、著者の綿密な取材と観察力、それに卓越した文章力でリアリティーを獲得しています。登場人物もそれぞれが実に魅力的で、「ビバリーヒルズ青春白書」のような青春群像劇としても見事に成功しています。憎いことに小説の最後の最後まで涙腺刺激ポイントがちりばめられています。泣かせてくれますよ。
 この小説はドラマ化されそうな気もしますが、下手な物を作るわけにはいかないという多大なプレッシャーを制作者に与える作品です。おそらくおっそろしく鈍感な人か無謀な人しか試みないでしょう。
 特に驚かされたのは、スポーツ独特の身体感覚の微妙な魅力が驚くほどうまく捉えられていることです。いわゆる陸上バカだった主人公の一人蔵原走(くらはらかける)は考えます。「俺が考えていたより、世界はずっと複雑なものだったんだ。でも、俺を混乱させるような、いやな感じの複雑さじゃない」(87頁)。そして「強さとはもしかしたら、微妙なバランスのうえに成り立つ、とてもうつくしいものなのかもしれない」(160頁)と。その彼がその美しい走りと言葉を獲得していくところも一つのポイントになっていますが、いやー、参りましたね、この鋭さには。本当にすごい作家です。作家の文章ってこんなにすごかったんだ。何より、この作家自身が大変な才能と努力で疾走を続けているのです。
 ところで、勝手な思いこみにすぎませんが、今仲間や先輩の研究者たち10名と一緒に合宿など繰り返しながら翻訳している本があります。今後はこれを箱根駅伝になぞらえて、ストイックにがんばってみようと決意を新たにしています。現在研究職とはいえ事務職兼任ということもあり、私が一番遅いランナーですので。

(新潮社2006年1800円+税)

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2006年11月10日 (金)

若宮清『中国人の面の皮-彼らに脈々と流れる「厚黒」の思想』

 タイトルはどぎついですが、中身は説得力のある本です。電車の中で読んでいたら、乗り合わせた中国人留学生から「先生何の本を読んでいるの?『中国人の何の皮』」?と聞かれてちょっと焦りましたが、正直に中国人の悪口の本ですよと答えておきました。君たちとつきあうようになってから中国に関する本はどんな本でも読むようにしていると言うと、「先生は私のことは好きですか」と来るので、まじめに学校に来る学生は好きだと答えると安心したようです。自分が嫌われていなければ大丈夫という感じで、彼らは徹底した個人主義だという本書の主張と合っているように思います。
 留学生としてつきあう限りはあからさまな嘘も含めて、正直でわかりやすい人たちだと思いますが、大物になるとさすがに一筋縄ではいかない「厚黒」がいるようですね。毛沢東にしても胡錦涛にしても、なるほど一見して悪人には見えません。結局のところ、とんでもない競争社会だという点ではアメリカ人なんかとも共通しているメンタリティーがあるようにも思います。
 本書では中国の反日教育の内容も具体的に紹介されていて有益です。政治指導者たちの発言もしっかりフォローされていて、意外に実証的な内容で、勉強になります。中国が心の底では日本を恐れているというのも著者の指摘の通りだと思います。その意味で反日教育は彼らの潜在的恐怖心を煽る教育でもあるわけです。相手を恐れさせる外交政策は少なくとも日本の側からは必要ないという状況です。核なんか持たなくても恐れてくれているわけですから歓迎すべきなのかもしれません。
 日本の外務省批判も的を射ています。「外務省官僚のナイーブな見方の奥底には、きっと中国を見下す気持ちがある」(222頁)との指摘は鋭いと思います。(そもそもお役人には自分の省庁以外の人間を国籍のいかんにかかわらず見下す性癖があって、これが間違った政策の根源をなしていると思われます。)しかしそれだからこそ、今後も対中国お人好し外交はきっと続いていくことでしょう。
 外交レベルでは期待できませんが、おそらく仮に両国が互いに憎み合うようなことになるとしても、民間レベルの個別のつきあいにおいて手を取り合わざるを得ない関係が作られている限り、日中関係は何とかなっていくと思われます。本当は政治がこうした仕組みを作るべきなのでしょうが、現実には経済人たちが作っているようです。

(祥伝社2006年1600円+税)




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2006年11月 9日 (木)

南塚信吾編『ドナウ・ヨーロッパ史』

 オーストリア、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの4国をドナウ・ヨーロッパとしてまとめて取り扱うという斬新な世界史。各国史についての標準的な知識が得られるだけでなく、相互の関わりが同時代的に捉えられるのが利点です。執筆者の半分以上が知人や友人なので、読みながらついつい顔が浮かんでしまいますが、あらためてみんな立派な歴史家なんだということを思い知らされました。個人的にはハンガリーの現代史が扱われている第9章を懐かしく読みました。56年のこともきっちりとまとめられています。1980年代後半の留学時代にいろいろと見知ったことの意味を改めて教えられました。このシリーズでは今後バルカン史やロシア史なども読んでおくつもりです。

(山川出版社1999年3500円+税)

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2006年11月 7日 (火)

リトヴァーン・ジェルジュ編『1956年のハンガリー革命』

 編者のリトヴァーンは私の留学時代の恩師の一人です。だからというわけではありませんが、いい本です。1956年事件についての基本的情報がコンパクトにまとめられています。参考文献紹介も充実していて、これから研究しようとする人にとって必読の基本書となることでしょう。
 今年で事件からちょうど50年ということで、先日はハンガリー大使の講演を聴いたところです。ようやく「革命」であったというところに公式に落ち着いたようです。ま、この事件はあと50年ほどたってはじめて歴史らしくなってくることでしょう。利害関係者がみんな亡くなった後でようやく歴史家の出番となるのではないでしょうか。
 個人的には当時の国務大臣で最後まで一人で国会議事堂に残っていたビボー・イシュトヴァーンの正確な政治的判断と思想が多少なりとも紹介されていてよかったと感じています。彼の声明文も翻訳されています(125ー127頁)。やっぱり当時の思想家の中でビボーが一番光っていると思います。私もいずれは彼の仕事を少しずつ紹介していくつもりです。

(田代文雄訳現代思潮社2006年2,800円+税)

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2006年11月 5日 (日)

遠藤寛子『算法少女』

 江戸時代の数学好きの少女が主人公のジュニア小説です。長らく品切れ状態でしたが、ちくま学芸文庫として復刊を果たしたのはめでたいことです。かなりよく作り込まれたお話で楽しく読めますし、江戸時代の学問をとりまく空気もうまく再現していると思います。解説によると江戸時代に町医者の親娘が書いた『算法少女』という本は実在するそうで、二度びっくりです。5回くらいの連続ドラマになると、いい感じになるのではないでしょうか。
 ただ、本田利明が開明的な人物として登場するのは当然でいいのですが、その人物の口から「この国では」という台詞が出てくるとちょっといやな感じです(195頁)。自分の国のことなら「日本」とか「わが国」ではないでしょうか。亡命者でもない限り、ふつう人は国を選べないでしょう。でもこうして小説の台詞として出てくると、本田利明といえども、ひょっとしたらそんな精神的亡命者あるいはお調子者の一人だったかもしれないという気もしてくるから不思議です。

(ちくま学芸文庫2006年900円+税)

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きっこ『きっこの日記』

 同僚から教えられて毎日チェックしているブログが単行本化されたので、買って読みました。政治に関する過激な話が少なくなって、どちらかというとお母さんの話と俳句の話が中心になっています。ちょっと期待と違ったのですが、これはこれでいい本です。
 著者は俳句や短歌に造詣が深く、いろいろ勉強になりますし、本人の句もなかなかのものです。巷では一介の美容師が一人でこんな本を書けるはずがないと言われたりしていますが、美容学校で英語を教えた私の経験からすると、こんなことは十分あり得ます。実際、ときにはめっちゃ鋭い学生がいて驚かされたものです。著者はそんなタイプなんだろうなと思いながら読みました。今後も著者のブログきっこの日記をチェックしていきたいと思います。

(白夜書房2006年1300円+税)

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2006年11月 1日 (水)

ビル・ブライソン『人類が知っていることすべての短い歴史』

 この本に一週間かかりきりでようやく読み終えました。科学読み物としても十分な内容と分量(本文635頁)がありましたが、作家の筆にかかると、嫉妬や憎悪に満ちた科学者の醜い争いもこれでもかと活写されていて、人間ドラマとしても楽しめます。かなりうんざりもしますが。
 たとえば植物の分類の大家として有名なリンネは、自分に対する批判分子はつまらない植物の名前に命名したり、新種の植物にやたらと生殖器関連の名前を付けたりしていたとのことですが、自然科学の歴史が奇人変人たちの闘争の歴史でもあることがわかりました。
 それにしても著者は実に多くの専門の科学者に直接会ってインタビューしたそうですが、超ミクロの世界から巨大な宇宙空間の物理学まで実にわかりやすく解説してくれています。そして、著者本人が言うように「私たちが途方もない幸運の上に今ここに生きている」ということをあらためて実感することができます。アメリカではベストセラーになったそうですが、この翻訳書は発売日から8ヶ月ほどたっていてもまだ初版第一刷で、そんなに売れていないようです。もっと読まれるといいのですが。

(楡井浩一訳NHK出版2006年3000円+税)

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