三浦しをん『風が強く吹いている』
驚異の青春駅伝小説です。同じアパートに住むほとんど素人の大学生たち10人が一年で箱根駅伝の予選会を突破して本戦に出場するという、ふつうに考えたらありそうもない話ですが、著者の綿密な取材と観察力、それに卓越した文章力でリアリティーを獲得しています。登場人物もそれぞれが実に魅力的で、「ビバリーヒルズ青春白書」のような青春群像劇としても見事に成功しています。憎いことに小説の最後の最後まで涙腺刺激ポイントがちりばめられています。泣かせてくれますよ。
この小説はドラマ化されそうな気もしますが、下手な物を作るわけにはいかないという多大なプレッシャーを制作者に与える作品です。おそらくおっそろしく鈍感な人か無謀な人しか試みないでしょう。
特に驚かされたのは、スポーツ独特の身体感覚の微妙な魅力が驚くほどうまく捉えられていることです。いわゆる陸上バカだった主人公の一人蔵原走(くらはらかける)は考えます。「俺が考えていたより、世界はずっと複雑なものだったんだ。でも、俺を混乱させるような、いやな感じの複雑さじゃない」(87頁)。そして「強さとはもしかしたら、微妙なバランスのうえに成り立つ、とてもうつくしいものなのかもしれない」(160頁)と。その彼がその美しい走りと言葉を獲得していくところも一つのポイントになっていますが、いやー、参りましたね、この鋭さには。本当にすごい作家です。作家の文章ってこんなにすごかったんだ。何より、この作家自身が大変な才能と努力で疾走を続けているのです。
ところで、勝手な思いこみにすぎませんが、今仲間や先輩の研究者たち10名と一緒に合宿など繰り返しながら翻訳している本があります。今後はこれを箱根駅伝になぞらえて、ストイックにがんばってみようと決意を新たにしています。現在研究職とはいえ事務職兼任ということもあり、私が一番遅いランナーですので。
(新潮社2006年1800円+税)
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