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2007年2月26日 (月)

白鳥春彦『仏教「超」入門』

 スッパニダータを読もうと思っているうちにどこかにやってしまいました。今探しています。それで、代わりといっては何ですが、たまたまこの本を見つけて読みました。実にわかりやすい好著でした。改行の多い文体は小室直樹みたいなところもありますが、小室氏のようなバナナの叩き売り的な感じではありません。著者の哲学やキリスト教の本もそうでしたが、とにかくわかりやすく明解に書こうとしています。この姿勢は見習いたいものです。
 しかし、易しく書くためには、当たり前のことですが、何よりも本人がそのことをよくわかっていなければなりません。かつて1980年代のAA研系の連中は、外タレの本を先を争って読んでは曖昧な文章をひねり出して共感し合っていたようなところがありましたが、あれはきっと自分では何も考えてなかったのでしょう。今のわが国の現代思想業界はどうなんでしょうね。
 著者はそんなやからとは無縁の人のようで、浮つかずにしっかり勉強してきたのでしょう。立派だと思います。啓蒙的な本ですが、時々どきっとすることが書いてあります。本書では次のくだりに共感しました。「真実がどこにもないのならば、わたしたちはいずれ狂気に至るか自殺するしかないのである」(45頁)というところです。やにさがった価値相対主義者でないところがいいですね。

(すばる舎2004年1500円+税)

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2007年2月24日 (土)

藤原保信『自由主義の再検討』

 偉い先生の書いた岩波新書らしい本です。プラトン、アリストテレス以来の政治思想を要約しながら、自由主義と市場経済を批判します。だからといって、今さら社会主義を擁護するわけにもいかないので、最大限の美点を社会主義から引き出しながら、コミュニタリアニズム(共同体主義)に期待を寄せるというお立場です。
 著者のスタイルは新書ではなく、引用と註のたくさんある学術書に向いているようです。新書の形でもっと自由に展開できそうなところが、人の思想の解説に忙しく、文体が窮屈なためにコミュニタリアニズムをしっかり検討できないまま終わっている感じがします。え、それでいいの?って感じです。というわけで、私の趣味には合いませんが、大学の政治学史の副読本にはいいかもしれません。
 どうやら著者は育ちのいい人らしく、わが国および世界の政治のえげつない現場についての知識は、少なくとも文中には出てきませんし、興味もなさそうです。思考にも反映されていないと思います。専攻が政治学史だからでしょうか。
 ちなみに、私の知人の政治学者たちは、もっと政治の現場のことを異様なほどよく知っていて、かつ独自の解釈で酒席を盛り上げたりしてくれますが、政治学会では異端かもしれません。しかし、この業界では今でも書斎派の政治学者というのが主流なんでしょうか。

(岩波新書1993年700円+税)

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2007年2月22日 (木)

西加奈子『きいろいゾウ』

 この人は、天才です。いつもながら、しっかり構成されて種も仕掛けもある小説です。サービス精神が旺盛なのでしょうね。濃いキャラクターがたくさん出てきては、しっかり感動させてくれます。登場人物がそれぞれ実に印象的なので、みんな夢に出てきそうです。今でも何かの拍子にふと以前読んだ『さくら』や『通天閣』の登場人物が浮かんでくることがあります。
 今回の主人公夫妻は武田泰淳と百合子夫妻を思わせるところもありましたが、ひょっとしたら『富士日記』がモデルなのかもしれません。しかし、小説は後半どんどん動き出します。うわーっ、どうなっていくんだろう、という感じになりますが、いい感じで終わります。年に1冊ずつこんなに着想豊かな本を書いていけるというのは、とんでもなくすごいことです。
 ちなみに、著者による同名の絵本がありますが、その物語はこの小説の中にすっぽり収まって象徴的なはたらきをしています。次の作品が待ち遠しいなあ。

(小学館2006年1575円)

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2007年2月21日 (水)

重村智計『朝鮮半島「核」外交』

 北朝鮮が「暴発」しようにもできないくらい油とお金がないことがわかります。著者はさすがに元石油会社勤務だけに、目の付け所がいいですね。現在経済制裁によって相当に追いつめられていることも確かなようです。資金力は島根県にも及ばないという比喩は説得力があります。
 また、ヒル国務次官補が無能にもかかわらず出世欲のかたまりで、部下には威張り散らす人だということもはっきり書かれていて、見た目の印象が人を裏切らないこともあることがわかりました。日本の外務省にもいそうなタイプですが、実際には文科省なんかで大学経営にいちゃもんをつけるくらいの仕事しかできそうにありません。
 本書では、北朝鮮が「儒教社会主義」から何事も軍隊中心の「先軍政治」へと移行し、現在ハイパーインフレに見舞われている状況が読み解かれていて興味が尽きません。インフレはかつての旧ユーゴを思い起こさせますし、先軍政治はちょっとルーマニアの末期に似ています。いつまでこの体制が維持できるのでしょうね。経済制裁は日本で報じられている以上に効き目があることと、北朝鮮にとって恫喝を無視されることが一番こたえることも教えられました。

(講談社現代新書2006年740円税別)

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2007年2月20日 (火)

長谷部恭男『憲法とは何か』

 これも良い本でしたが、内容の半分以上は同著者の前作のちくま新書『憲法と平和を問いなおす』と同じでした。その点ちょっとがっかりです。したがって、内容についての感想も前作とほとんど同じです。岩波新書という媒体に合わせてか、おとなしく啓蒙的になっている印象もあります。とはいえ、立憲主義の重要性はいくら強調してもしたりないくらいですので、重複もやむを得ないかもしれません。
 それに、わが身を振り返ってみれば、こんなに勤勉でちゃんとした本は、今後とも書けないことは明らかです。やはり東大の先生にはどんどん勉強してもらって、しっかりこういう本を書き続けていってもらいたいと思います。能力の高い先生にはやはりそれなりの社会的使命があるはずですから。

(岩波新書2006年700円+税)

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2007年2月18日 (日)

長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』

 著者の学問に対する誠実な姿勢が感じられるいい本です。憲法学者にもこんなに博識で厚みのある議論を展開できる人がいたのですね。この分野でも、最近はどうやらかなり面白い人たちが出てきているようです。
 本書は新鮮な情報と知的刺激に満ちています。特に、立憲主義についていろいろと教えられました。また、国際紛争や戦闘におけるえげつない情報(人肉食とか)にも目配りが行き届いています。情報の出所も文献解題でわかりやすく解説されていて助かります。また、それが決して論文臭くないところがおしゃれです。
 ところで、イギリスの名誉革命については専門家の間では現行の歴史教科書とは全く違う解釈が通説となっているのですね。確かにオランダ軍によるイギリス征服と考えた方が自然です。また、これとは別に、聖徳太子は実在しなかったとか、縄文時代にも人びとは金属を用い、稲作をして強大な支配体制と独特の文化があったとか、教科書の記述がかなり遅れていることがわかってきていますが、こうした記述は一体いつ頃改訂されるのでしょうか。

(ちくま新書2004年680円+税)

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2007年2月16日 (金)

ベーコン『学問の進歩』

 ラテン語で書かれた『ノヴム・オルガヌム』と違って、母語で書かれたためでしょうか、かなり饒舌な本になっていました。かなり退屈なのを我慢しながら、しかし、著者の博識にも驚かされながら、何とか読み通しました。当時の知識人の教養がギリシャ、ローマの古典に通じていることもよくわかります。著者が、たとえば現代人が芸能人のゴシップに通じているような感じで、ギリシャ・ローマの古典や新旧約聖書を細かく読み込んでいるところが印象的でした。アリストテレスが教え子のアレクサンダー大王からの影響を受けて、あらゆる学説を征服しようとしたというユニークな見解が披露されていたりするところは、面白かったです。
 ただ、このような面白い記述は決して多いわけではなく、著者の饒舌なおしゃべりにつきあいながらも、ちょっと物足りないなあと思いながら読んでいると、最後の数章で聖書解釈の話になって(36頁以降)、やはり著者が只者でないことがわかりました。翻訳者の一人が服部英次郎というのも適任だったわけです(もう一人の方は知りませんが)。
 「霊的なことがらにおける理性の使用とその正しい限界」は神学の論理学として十分に探求しされてこなかったという指摘(360-361頁)はその通りだと思います。聖書解釈のスタンスについては、1605年の本ですが、今日の専門家でも教えられるところがあるのではないでしょうか。法律解釈の問題として読み替えても面白いと思います。我慢して最後まで読んだ甲斐がありました。

(岩波文庫1974年500円)

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2007年2月 8日 (木)

ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』

 先日読み直していたホワイトヘッドの『科学と近代世界』(上田・村上訳松籟社)の中にベーコンを高く評価しているところがあったので、気になって読んでみました。ベーコンは知性を規則等によって「指図されないかぎり、不都合なものであり、事物の不明を克服するのに全く適しない」(76頁)と述べていて、有名なイドラの議論もそうですが、かなり徹底して人間の知性を不完全なものと考えています。ベーコンはむしろ自然の中の驚くべき真実をまずはしっかりと見ようとするわけで、さすが、理性不信のヒュームの先達だけのことはあります。
 これを自然主義と言ったらそれまでかもしれませんが、彼の言う帰納法は仔細に見ると決して単純素朴なものではないようです。むしろ現場の科学者のほうが単純かもしれません。ホワイトヘッドはベーコンの帰納法を「特殊の過去のすでに知られた特性から特殊の未来のいくつかの特性を予測すること」(前掲58-59頁)と述べています。さすがです。
 いずれにしても、複雑系やカオスの科学が示している事実を虚心坦懐に見るときにも、このベーコンの見方が有益だということがわかりました。もうしばらくベーコンに付き合ってみます。

(桂寿一訳岩波文庫1978年660円+税)

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2007年2月 6日 (火)

ジョセフ・E・スティグリッツ『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』

 世界には理不尽な格差と極度の貧困が歴然と存在し、日々拡大しつつあるという現状がよくわかります。その原因となっているのがアメリカのハゲタカのような企業とそれに癒着する政治です。現状は予想以上に政経一体の悪意に満ちた活動が支配的です。その事実の指摘には驚かされることしきりです。
 著者は机上の論理を振りかざすわけではなく、政府の要職にあり一日一ドルで生活するような極貧の人びとの状況を心を痛めながら見て回ってきただけあって、手持ちの材料に事欠くことがありません。著者によれば、グローバル化そのものは今後も避けることはできませんし、それ自体が悪いのでもありません。悪いのは、現行のインチキなグローバル化で、そこにIMFも率先してしっかり絡んでいる様子がよくわかります。みんなでよってたかって途上国にお金を貸しては債務超過に追い込む手法は、バブル期にわが国の銀行でないしはマチキンのやりかたです。
 本書はそうしたえげつない事実の摘発だけでなく、世界紙幣の創設などを含む具体的な政策提言がなされているのが特徴です。私にはその当否は十分判断できませんが、何はともあれ、ここまでしっかり具体的に提言できるのは大したものだと思います。だてにノーベル経済学賞を受賞している人ではありません。

(徳間書店2006年1800円+税)

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2007年2月 1日 (木)

久坂部羊『大学病院のウラは墓場』

 10年以上前のことですが、私の弟は、ある大学病院の医師として勤めていて、ガンにかかり、そこの大学病院に入院してそのまま入院してから二ヶ月ほどで亡くなりました。今でも医者が見放した時点で帯津病院や佐野医院あるいはどこかのホスピスにでも移らせておけばと悔やむことがあります。本人が望まなかったのだから、まあ、殉職みたいなものですが、ふつうならやらない抗ガン剤の二度目の投与をやるところが、いかにも大学病院なのでした。
 ああいうときに家族を説得する医師の情熱というのはすごいものがあるようです。立ち会わなかったのが残念です。葬儀では上司が出てきては追悼の辞の中で医療ミスではないと力説していたのが印象的です。きっといいデータがとれたことでしょう。弟本人も二度目の抗ガン剤投与を望んでいたというのがやりきれないところです。近代医学と日本的職場の信仰空間にどっぷりとつかっていたのが致命的でした。とまあ、遺族の目には映るわけですが、実はそう感じたのは私と家内だけでした。ほかの家族は見事に説得されていました。
 でも、あとからだんだん気が付いてくる場合には、罪悪感に苛まれて本当にやりきれなくなります。母はその後ガンで後を追うようになくなりました。次は私かと思っていますが、怒りを生命力に変換したのか、今のところしぶとく生き延びています。納豆なんか毎朝食べたり、黒酢を飲んだりして(痩せませんが)、タワケた健康志向なのでした。どうやらこのままいやなじじいになりそうです。
 本書を読むと、この悪夢のような経験についても、やっぱりそうだったのかと納得させられることが多々あります。ただ、本書は、こうした大学病院の裏事情だけではなく、今日の医療制度全体の抱える諸問題の深刻さについても教えてくれます。どうやら今では「医局」というのが力を失って、かの「白い巨塔」のような感じではなくなっているようなのですが、それがかえって地方での医師不足という深刻な事態を招いていることが指摘されています。書名からはわかりませんが、広い視野からの問題提起がなされている好著です。

(幻冬社新書2006年720円+税)

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