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2007年8月26日 (日)

鈴木大拙著・上田閑照編『新編 東洋的な見方』

 鈴木大拙最晩年のエッセーを上田閑照氏が新たに編集したものです。先日井筒俊彦の本を読んでから、続けてこれを読むと、禅について少しばかりわかったような気になります。
 禅では、分別の世界から無分別の世界へと至り、再び帰ってくると、「無分別の分別」とか「妙」といった境地に達するとのことですが、結果的には、子どもの心を失わず、大人の経験を兼ね備えた、ふつうの生活人・常識人として娑婆に暮らすことになるのが面白いと思います。
 この点で、労働者の中に入って一緒に荒い仕事に励んだシモーヌ・ヴェイユを、著者が高く買っているところ(240-241頁)などがあって、腑に落ちるところがありました。なお、ヴェイユもまた大拙を読んでいたそうです。思えば世界的に読まれている人ですからね。
 そういえば、「農業すなわち仏行なり」と説いた江戸時代の鈴木正三も禅僧でしたが、もともと禅と労働とは親和的とは言えないまでも、排他的ではないのかもしれません。
 人柄が出ているのでしょうか。文章が独特のおおらかさをたたえていて、いい感じです。次は『日本的霊性』を読んでみるつもりです。

(岩波文庫1997年760円+税)

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2007年8月23日 (木)

畑村洋太郎『数に強くなる』

 著者のような「数に強い」人というのが、ふだんどんなことを考えているのかということがわかります。思えば高校の同級生なんかでこんなタイプはときどきいましたが、要するに、世の中の森羅万象、何でも数に置き換えて考えているのですね。
 しかし、著者の出す数字は原理に集約されていくだけ終わりなのではなくて、人が一年生きていくのに一人あたり体重の2.5倍のコメが必要だ(128頁)といった、具体的で身近な数にも置き換えるので、具体的で説得力を持っています。この点は、いわゆる文系の、「数に弱い」タイプの人でも理解できますし、議論に用いて損はありません。むしろ積極的に学ぶべき思考法、発想法だと思います。
 ベストセラーになった『直観でわかる数学』のときと同様に、著者独特の法則=〈数の見方のコツ〉が随所に述べられていて感心させられますが、本書では周波数や色についての著者の大胆な仮説が披露されていて、興味をそそられました。ド、ミ、ソの周波数の比率が4:5:6になっているというのも、面白い事実です。

(岩波新書2007年740円+税)

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2007年8月22日 (水)

井筒俊彦『意識と本質―精神的東洋を求めて―』

 「本質」の認識をめぐる比較文化論的考察とでも言ったらいいのでしょうか。すごい本です。イスラム教やイスラム哲学はもとより、ギリシャ思想、ユダヤ教、ユダヤ神秘主義、仏教についてのあらゆる文献が読みこなされています。著者は20カ国語以上の言葉ができたと言われていますが、語学だけができた人ではありません。一級の思想家でした。そのことは冒頭の「意識と本質Ⅰ」を数頁読むだけでわかります。
 なお、著者のこの並はずれた語学能力については、思想に直に触れようとして、原典で読むことを追求していったことの結果なのではないかと想像されます。
 著者の文章は明快で、思想の要約も見事なので、参考書としても重宝します。この点では、特に禅について述べられた、最後の二つの論考は、禅宗に関心の薄かった私にとっては有益でした。実は『イスラム文化』の中で、禅について著者がちらっと述べていたことが気になっていたので、本書をひもといてみたのですが、なるほどしっかり書いてありました。おかげで、今まで食わず嫌いだった禅にもあらためて関心が出てきました。鈴木大拙の本もあらためて読んでみるつもりです。

(ワイド版岩波文庫2001年1400円+税)

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2007年8月18日 (土)

福岡伸一『生物と無生物のあいだ』

 世評を聞いて注文したときには品切れ状態でしたが、7月過ぎてから、ようやく入手することができました。5月発売以後、2ヶ月足らずで5刷ですから、かなり売れているようです。そして、評判通りの実に面白い本でした。文章が美しく、話の展開も見事です。上手な歌手の歌のように、いくつもの声を使い分けながら、アルバム1枚を丁寧に歌い込んでいるという感じです。DNAや幹細胞を扱う分子生物学という学問の流れもわかり、科学の先端のルポルタージュとしても、科学史的啓蒙書としても一級品です。
 わが国では科学に関するちゃんとしたジャーナリストがいなくて、『複雑系』や『カオス』のようなものを書ける人は出てこないのではないかと思っていましたが(思うに日垣隆は例外)、著者はその道の専門家でいて、その専門を見事にわかりやすく、しかもスリリングに、一般読者に伝えてくれます。ふつう、専門家で味のある文章を書く人はいなくもないのですが、こんなに上質のテクニックを駆使して、上手く語れる人はいません。
 また、「エピローグ」の詩的な文章には心を打たれます。高度成長期に次々と破壊されていったわが国の自然の姿がしっかり収められています。
 多くの人に勧めたくなる本です。

(講談社現代新書2007年740円税別)

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2007年8月14日 (火)

池田晶子『暮らしの哲学』

 著者が今年2月に亡くなるまでの「サンデー毎日」の連載記事をまとめたものです。著者独特の考える文体は、つくづくすごいと思います。近年のものは特に伸びやかに、かつしっかりと考えている感じがします。本書では49頁以降の「見えないけれど存在している」の章で、数学の存在について語っているところが示唆的でした。正義を考える場合にもきわめて示唆的だということに気づかされました。今、私が書いている論文にも参考文献としてあげておきましょう。
 ちなみに、私の場合はアカデミズムの本道からかなり遠いところにいるので、池田晶子の引用も参照も自由です。
 ところで、前にも書いたと思いますが、わが国には哲学研究者や哲学史家はたくさんいますが、哲学者と呼べる人は本当に少ないと思います。哲学者とは端的に言って、哲学をすればいいので、日がな考え、ときに友と語らうというだけで十分なのですが、できれば見ず知らずの読者のために本を書いてくれるとありがたいなあ、と思います。この点だけでも、彼女は十分に哲学者であったと思いますし、かなり理想的な「考える日々」を送っていたことが窺われます。
 それにしても、癌にかかっていたことを一切ほのめかずこともなく、最後まで健筆をふるっていたのは大したものです。彼女は、死が怖いなんて、本当にみじんも考えていなかったようです。

(毎日新聞社2007年1333円税別)

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2007年8月12日 (日)

小田嶋隆『人はなぜ学歴にこだわるのか。』

 わが国は学歴社会というデリケートな問題に独特の文体で迫った好著です。単行本は2000年に出ていたのですが、買いそびれていたら、2005年に文庫になっていました。新たな書き下ろしのエッセイが数本含まれていて、得した気分になれます。
 世間一般には「学歴なんかどうでもいい」と公言しながら、わが子をできるだけいい学校に送ろうとする親に溢れていますが、著者はこれを環境問題や省エネの理念とは相反するインバーター・エアコンにたとえています。鋭くて、虚を突かれました。インバーター技術とは、水不足なのに自分のところだけ蛇口を思いっきり開いているようなものということで、確かに全体のことなんか考えていないシステムだということがよくわかります。そして、学歴もまた、みんな密かに絶大な関心を寄せ、差別被差別意識を拡大再生産する当事者になるというのが、この全体の構造というわけです。
 著者は、全体にこの種の比喩が秀逸で、独り言を重ねながら、ツッコミとボケを繰り返す独特の語り口は病みつきになります。実はかくいう私も、以前から著者のブログの愛読者の一人です。
 ところで、大学の先生なんかでも、外国の大学の博士号学位を一通300万円とかで買ったりして昇進している連中が、全国にうじゃうじゃいて、文科省が調査を始めていることが先日報じられていました。この場合でも、一昔前の東大出の優秀な学者の場合は、学部卒で助手に採用される人が少なくなかったので、修士号すら持っていないという例が少なくありませんでしたが、もちろん、そのレベルの人なら学位を買ったりしないでしょう(しかし、末流私学の話ばかりでもないのが情けないところです)。
 また、東大在学中に旧外交官試験に合格したりすると、中退して任官したりするのが慣例でしたから、わが国では、大学に関しては実は入学した学校歴こそが何よりも重んじられてきたということがわかります。
 有名な話ですが、故宮澤喜一氏なんかは、新聞記者の出身大学を聞いては、東大以外の人とは口をきかなかったと言われます。また、郷ひろみの元夫人、二谷百合恵は、著書『愛される理由』がベストセラーになったときのことですが、慶応と東大出身の編集者以外はまともに相手にしなかったとか聞いたことがあります。
 どちらも、いやらしくてあさましい話ですが、ある意味正直な人たちなのでしょう。差別される側も、ここまで露骨ならわかりやすいでしょうが、逆に妙に気を遣われても、気になるところが厄介です。そこで何か言おうものなら、ひがみ、やっかみととられて、かえって始末が悪くなります。病巣は深いですね。受験生諸君も、大学に入ったのち、入れなかった人たちを差別するために受験勉強するわけじゃないはずですが、現実にはそうしているわけですから、このあたりから性格が悪くなってくるわけです。
 思うに、江戸時代のように学問を道楽として楽しむ人が、もっともっと増えるといいのですが、今日のわが国は残念ながら、かつての成熟のレベルにすら至っていません。本当の学問を伝授する私塾がたくさんできて、全国から学問好きが集い、学問の楽しさと深さそのものに目を向けるようになれば、学歴なんかにこだわらなくなることでしょう。

(光文社知恵の森文庫2005年648円+税)

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2007年8月 8日 (水)

井筒俊彦『イスラーム文化 その根底にあるもの』

 昔読んだ本ですが、久しぶりに読み返しました。スンニ派とシーア派およびスーフィズムの異同が実にコンパクトにまとめられていて重宝します。あらためて名著だと確認しました。たとえば、スンニ派とシーア派の違いについて、このように思想に関わるレベルできっちりと書かれた啓蒙書は、ほかにあまり見あたらないように思います。個人的にはとりわけ、シーア派がゾロアスター教の影響を色濃くとどめている点に興味を覚えました。
 また、あらためてスーフィー神秘思想の奥の深さにも驚かされました。著者も言うように、こういう解脱のような境地はイスラム教の枠組みの中では異端の扱いを受けて、危険に身をさらすこととなるでしょう。しかし、スーフィズムまでくると根本的には啓示宗教とはいえ、むしろ日本人にもある程度親しみやすい仏教哲学にも通じる要素が感じられます。
 著者はこれらスンニ派とシーア派とスーフィズムの三者が相対立する中から醸し出される内的緊張を含んだ多層的な文化的全体を、イスラーム文化ととらえていますが、おそらくこの見方がイスラーム文化に関するもっとも客観的で正当な見方のような気がします。これからはイスラムに関することが出てきたら、事典のように参照することにします。

(岩波文庫1991年460円)

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2007年8月 5日 (日)

藤原正彦『心に太陽を 唇に歌を 未来に生きる君たちへ』

 著者の自伝的小説。本の帯に「君は卑怯者になるな!」とあるとおりの内容で、心に響く物語です。戦後間もない小学校の雰囲気が生き生きと描かれていて、興味深いものがあります。昭和40年代前半もまだそうでしたが、当時から生徒の間の陰湿ないじめを見つけると、いじめているやつを殴ってやめさせるようなガキ大将的リーダーがいたのを思い出しました。
 級友を自殺に追い込んだり、殺人にまで到ってしまうようないじめというのは、日本人が全体に劣化してきたことを現しているのかもしれません。近年、官僚や政治家、あるいは一流企業の経営者たちのあきれるような卑怯・卑劣な振る舞いが報じられることも多くなりましたが、世代を考えると、親子共々というか一家揃って道徳的に堕落して久しい状態にあったということがわかります。
 著者が子どもたちのためにこういう本を上梓したのも、おそらくそうした義憤に駆られてのことでしょう。しかし、読後感は義憤という固い感じではなく、実に爽やかで、いいドラマを見たような気持ちにさせられます。

(世界文化社2007年1,260円)

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2007年8月 4日 (土)

日下公人『やりたいことを始めなさい』

 独立してビジネスを始めたい人に向けてエールを送る本。ちょっとふだんより厳しい感じの言葉が書かれていますが、愛情にあふれる鬼コーチの言葉として受け取るのがいいかもしれません。独立して成功した人びとのエピソードがたくさん紹介されていて、ためになります。最後に、「『結局、オレのやりたいことは会社員だった』と見極めがつけば、それはそれでいいだろう」(219頁)とあるので、それはそれで最後の選択肢になっているという仕掛けでした。2000年の本ですが、今でもヒントはたくさん得られます。これだから、古書店で投げ売りされているのを見つけると、つい買って読んでしまうのです。
 なお、本書で紹介されている本として、藤沢和雄『競走馬私論』(クレスト社)は是非読んでみようと思います。親身になって世話をした馬がよく走ってくれるというのは興味深い事実です。人間もそうですけどね。

(ダイヤモンド社2000年1500円+税)

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日下公人『経済版EQ革命』

 本書が出た頃EQ(感情知性)という言葉が流行っていましたが、これを、生きた経済を読むための「経済知性」として読み替えて洒落てみたところが著者ならではです。著者一流の世の中観察法が惜しげもなく開陳されていて勉強になりました。いわば「もうけ話の種」というか「商売の目の付け所」が数多く示されています。10年以上前の本でも新鮮です。今は目にしなくなった自動車の助手席に貼るシール「美人専用席」なんてのは懐かしいですね。今また売ったら流行るかもしれません。

(ごま書房1996年1100円)

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日下公人『「逆」読書法』

 本の成立事情や著者の人となりについて関心を払いながら、すなわち気の利いた「ツッコミ」を入れながら、読んで行くのがこの「逆」読書法です。仕事に使えそうなハウツー本やベストセラーは敬遠しつつ、解説書よりは原典を読み、深刻ぶったきまじめな本よりもユーモアやジョークの多い本を信頼するといった心得は、確かにその通りだと思います。つまりは常識をはたらかせながら楽しむ読書法ということですね。
 本書で紹介されているマーシャルの『経済学原理』やモーゲンソーの『国際政治』は、読んでみなきゃという気にさせられます。さっそく探してみます。
 本書の最後に「忙しい人ほどよく本を出し、暇な人ほどなかなか書かない、という傾向があるようです」(227−228頁)とありますが、そういえば、大学の先生で何年も論文の1本すら書かない人がいるのは、能力の問題もあるでしょうが、やはり暇だからなのでしょう。
 実際、教壇に立ってみると、教員は学生が勉強しているかどうかというのはすぐにわかりますが、実は学生の側からも同様に先生が勉強している人かどうかはわかるものです。楽しそうに研究しているかどうかなんてことも、その人の目の輝きや、体から発する「氣」でわかります。もっと言えば、先生が有能かどうかも本当はバレバレなのです。くわばらくわばら。

(ごま書房1997年1400円+税)

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