鈴木大拙著・上田閑照編『新編 東洋的な見方』
鈴木大拙最晩年のエッセーを上田閑照氏が新たに編集したものです。先日井筒俊彦の本を読んでから、続けてこれを読むと、禅について少しばかりわかったような気になります。
禅では、分別の世界から無分別の世界へと至り、再び帰ってくると、「無分別の分別」とか「妙」といった境地に達するとのことですが、結果的には、子どもの心を失わず、大人の経験を兼ね備えた、ふつうの生活人・常識人として娑婆に暮らすことになるのが面白いと思います。
この点で、労働者の中に入って一緒に荒い仕事に励んだシモーヌ・ヴェイユを、著者が高く買っているところ(240-241頁)などがあって、腑に落ちるところがありました。なお、ヴェイユもまた大拙を読んでいたそうです。思えば世界的に読まれている人ですからね。
そういえば、「農業すなわち仏行なり」と説いた江戸時代の鈴木正三も禅僧でしたが、もともと禅と労働とは親和的とは言えないまでも、排他的ではないのかもしれません。
人柄が出ているのでしょうか。文章が独特のおおらかさをたたえていて、いい感じです。次は『日本的霊性』を読んでみるつもりです。
(岩波文庫1997年760円+税)

