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2007年9月29日 (土)

鈴木正三著・鈴木大拙校訂『驢鞍橋』

 このところ電車の中ではノートパソコンで翻訳ばかりやっていて、なかなか本が読めません。電車で座れないときだけの読書という感じですが、こんな時に限って読んでいるのがこの本です。現代語訳ではないため、じっくり読まなければ意味がとれません。感じにもすべてふりがなが振ってあるわけではなく、方言も含まれているので、時々漢和辞典を引いています。「扠も」(さても)、「仍て」(よりて)なんてのが当たり前のように出てくると、やはり気になります。せめて日本古典文学大系くらいに校注が付されてあれば助かるのですが。
 というわけで、得意の速読ができない本なので、まだ半分ほどしか読んでいません。しかし、あんまり更新を滞らせるのもなんなので、途中経過を書きとめておきますが、これがなんとも実に面白い本なのです。山本七平が正三の「勤勉の哲学」を持ち上げて、小室直樹もこのことを強調しているのは知っていましたが、こうして読んでみると、禅宗の日本的展開として、武士道と融合したような独特の気合いの入った思想に感銘を受けます。もっと、正三の宗教性の方も強調されるべきだと思います。
 勤勉の哲学に関しても、正三のもとに「近里の百姓等数十人が訪れて法要を問う」という場面があり、そこで正三が「農業すなわち仏行なり」(52頁)と答えています。「大願力を起こし、一鍬一鍬に南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と耕作せば、必ず仏果に至るべし」(53頁)と述べます。
 確かに、この思想が日本人の勤勉性の確立に貢献したというのは、正三の『萬民徳用』が江戸時代のベストセラーとなり、寺子屋の読本にもなったことを考えると、決して間違いではないと思います。しかし、正三のもとに訪れて法要を問うた「数十人」の百姓というその人数の多さに驚かされました。一人か二人の相談に答えたのではなかったのです。このことで当時から農業は朝から野良に出て重労働だったことと、信仰に篤く勤勉な人が少なくなかったことがわかります。とすれば、正三以前に勤勉な層はかなり広がりを見せていたのではないかとも想像できます。
 いずれにしてもしばらくこの本にかかりきりなので、更新が滞りがちになると思います。翻訳にも追われていますので1週間に1冊くらいになるかもしれません。仕事はこのところ2週間以上休みなく働きづめで、勤勉の哲学を地で行っています。研究室にも行けない状況で何をしゃかりきに働いているのでしょうね。実際、雑事しかしていませんが、事務職兼務なので、この新学期当初の時期は山のように仕事があります。今日もこれから仕事です。南無阿弥陀仏。

(岩波文庫1948年復刻版1990年460円)

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2007年9月22日 (土)

井沢元彦『誰が歴史を糺すのか—追求・日本史の真実』

 梅原猛、山折哲雄、猪瀬直樹、守屋洋、大石慎三郎、津本陽、渡部昇一の各氏との対談あるいは鼎談です。梅原猛と渡部昇一の話がそれぞれ発想がユニークで面白かったのですが、全体にちょっと雑駁印象があります。山折哲雄や猪瀬直樹との対談は逆にいまいち面白くなかったです。
 普通はこうした対談集はお互いに後からどんどん書き込んで、著作のようになってしまうことがあると聞きますし、20年ほど前に聞いた話ですが、当時の某流行作家などは、相手の台詞を自分の台詞に組み入れてしまうとさえ聞いたことがあります。編集者が「えーっ」と言うと「お宅にはもう連載しないから」と脅したりしていたそうです。まあ、思想的には極めて凡庸な作家ですから、さもありなんという気がします。
 その点では、本書などは生の対談が本当に収録されたまんまなのかもしれません。良心的編集といえるのかどうかはわかりませんが、読み応えはありません。読者としては、どう騙してくれるにしても、結果として面白くなっていればいいという気もします。
 とはいえ、対談相手に自分の台詞を盗られたとしたら、やはりいい気はしないでしょうね。

(祥伝社文庫平成13年571円+税)

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2007年9月19日 (水)

宇井伯寿・高崎直道訳注『大乗起信論』

 先日、井筒俊彦の大乗起信論についての本を読んだので、これもチャレンジしてみましたが、なるほど氏が晩年に取り組んだだけのことはある本です。それにしてもあらためて、井筒俊彦の偉大さがわかりました。かなり複雑な構造をしている本書を、あのように明快にまとめることができるというのは、すごいことです。
 それにしても本書はその成立からしてかなり不思議な本で、はっきりしたサンスクリットの原本が存在していないため、漢訳が実はオリジナルである可能性も否定できないといわれています。そうなると、何かを意訳したとか誤訳したという話ではなくなってくるので、わけがわからなくなります。ただ、とにかく宗教的、哲学的議論のレベルが高いことだけは間違いないので、私としては、宇井伯寿の漢文読み下し分のような訳文は飛ばして、もっぱら高崎直道の現代語訳を読んで、わかった気になっています。
 といっても、井筒俊彦の本を先に読んでいたから、何となくわかった気になることができたので、何も予備知識なしに現代語訳を読んでもわからないと思います。議論の周到さと細かい分類・分析の手法をみていると、本書が少なくともインドの論理学の影響を受けていることはありそうだな、と思われてきます。
 いずれにしても、井筒俊彦の本とあわせて読むと、効果が倍増すると思います。

(岩波文庫1994年620円)

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2007年9月13日 (木)

今村都南雄・武藤博己・沼田良・佐藤克廣・前田成東著『ホーンブック 基礎行政学』

 これも結構良い教科書です。初版の『ホーンブック行政学』のファンだったのですが、改訂新版の本書もオーソドックスな知識がうまく編集されていて、全体の流れがつかみやすい作りになっています。初版も学説の流れがうまく押さえられていましたが、新版もその特長は生かされています。
 本書では、アメリカだけでなく、フランス語圏やドイツ語圏の文献や資料にも言及があり、細かいところも勉強になります。先の『行政学の基礎』とは違って、主張は温和ですが、地方自治についてはなかなか「熱い」記述も見られます。公務員試験にも十分使える内容になっていますので、教科書としても公務員受験生にも役立つと思います。ただ、私としては、やはり『行政学の基礎』の方が好みです。
 しかし、後期の行政学の講義には本書をテキストに指定したので、早速この本に基づいて、サブノートや論述問題を準備していくつもりです。発問もたくさん用意して、スリリングな授業を目指します。

(北樹出版2006年2600円+税)

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2007年9月12日 (水)

井筒俊彦『東洋哲学覚書 意識の形而上学―『大乗起信論』の哲学

 『大乗起信論』というのはすごい本だったのですね。というか、著者の解釈がすごいのかもしれませんが、ここまで根本的に考え抜かれた哲学があるなら、あとは何もいらないような気がしてきます。他の本にもよく出てくる「アラヤ識」というのは、本書を読んで初めてその概要がわかりました。主体客体の二元論的哲学ではらちの明かない問題が、うまくかわせるようにできていることがわかります。残された課題は自分で考えるというか、自分の人生を生きることだけですね。
 特に印象的だったのは、「真如」というのが「妄心乱動する生滅流転の存在として機能しながら、しかもその清浄な本性をいささかも失うことはない」(46頁)としているところで、禅宗なんかもそうですが、この現実に帰ってきても、しっかり本質的状況を見据えて生きることができるという可能性が示唆されているのは、いろいろと考えさせられます。
 実は、私も、この種の問題意識を活かした法哲学を構想中なのですが、本書も含めていろいろと教わるところがあります。あと数日で初稿を仕上げるつもりですが、勢いをつけてくれそうな本でした。

(中公文庫2001年686円+税)

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2007年9月11日 (火)

風間規男編『行政学の基礎』

 行政学の本としては、もっとも読みやすくてわかりやすい教科書の一つです。今年の3月に出ていたことをもっと早く知っていれば、後期からの教科書に採用していたところです。惜しいことをしました。
 内容的にはかなりの広範囲が押さえてあり、公務員試験にも十分配慮されています。しかし、決して単なる受験参考書ではありません。
 たとえば、シュタイン行政学が社会よりも国家を重視していたために英米圏では受け入れられなかったとか、さらりと重要な指摘がなされていたり、大家の村松岐夫による現実離れした「政党優位論」もあっさり批判されていたりと、結構批判精神が旺盛で読み応えがあります。
 ただ、最新の教科書の割には、閣議についての内閣法の改正が重視されていないところは気になりましたが、行政学的にはOKなのかもしれません。次官会議も廃止されたと仄聞していましたが、簡単にはなくならないような気もしますし、そのあたりは、もう少し知りたいところです。

(一藝社2007年2,400円+税)

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2007年9月10日 (月)

S・D・レヴィット、S・J・ダブナー『ヤバい経済学[増補改訂版]』

 増補改訂版というのにつられて買ってしまい、結局最初から読んでしまいました。で、やっぱり面白かったです。今回の増補分が「オマケ」として110頁もあるので、読み応えもありました。感想は以前と変わりませんが、やはり、レヴィットの天才的な発想と目の付け所の良さには驚かされます。この版では、セス・ロバーツという心理学者の画期的ダイエット法が紹介されていて(285〜286頁)、これ、いいかも、と思わされます。画期的なダイエット方かもしれません。発想が斬新で、科学的です。今は週に1〜2回40〜60分ジョギングしていますが、なかなか痩せるところまで行きません。早速この方法を組み合わせてみることにしましょう。5キロ痩せたら大学の時みたいにバスケットボールのリングにジャンプして届くかもしれません。ま、届かないにしても、ダイエットに成功したら、お知らせします。

(望月衛訳東洋経済新報社2007年2000円)

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2007年9月 6日 (木)

鈴木大拙『日本的霊性』

 スクーリング授業に追われる2週間がやっと終わり、ようやくこれまでのペースに戻れそうです。さて、長らく気になっていた本をようやく読みました。本書の冒頭に「霊性」についての説明があるのですが、いまひとつわかりにくいところがあります。言葉を尽くしても共感を得られるわけではないということがあるのが宗教哲学の難しいところで、そのことは著者自身もわかった上で書いていますが、問題が解消されているわけではありません。実際、このあたりは先日読んだ『東洋的な見方』のほうがシンプルで読みやすいと思います。
 ただ、いずれにしても霊性とは、覚醒された真の宗教意識といった感じかと思われますが、後半の妙好人浅原才市について論じられたところに至り、ようやく実感を伴って具体的にわかる気がしました。江戸時代の鈴木正三の評価も高く、やっぱりそうかという感じがしました。正三の著書は今文庫の『驢鞍橋』を読んでいるところですが、その校訂者が他ならぬ鈴木大拙でした。著者がこうした日本的冷静を世界に向けて発信し続けたその情熱も、親鸞や正三や才市といった先達の霊性によるものだということがわかってきました。
 ところで、妙好人については、高校の学園祭で上級生が研究発表をしていたのを聴いたことを覚えています。妙好人の生き方に当時かなり感心したことは覚えていますが、そのときの妙好人が浅原才市だったかどうかまでは記憶にありません。しかし、ご当地島根県の高校でしたから、おそらく才市のことだったのだろうと思われます。そのころ気になったからといって、結局それきりだったのですが、今頃になって思い出すのですから、これも何かの縁でしょう。本書で引用されている才市の歌のシンプルながらも深い宗教性には心を動かされます。うちの祖母なんかも何かにつけて「なんまんだぶ」を唱えては阿弥陀様に感謝していましたが、そういえば、今はそういう人もあまり見かけなくなりましたね。

(岩波文庫1972年400円)

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