« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »

2007年11月21日 (水)

鈴木正三著鈴木大拙校訂『驢鞍橋』

 毎日の通勤電車の中で少しずつ読んで、ようやく読み終えることができました。正三の人となりが実によく現れています。やはり独特の禅者で思想家です。常に死と向き合って穏やかな気持ちでいられるような境地を求めているようですが、言葉で小難しく表現しようとは決してしなかった人なので、こうした言行録で本人が亡くなる際の様子までもがうかがわれると、なるほどという気がします。さすがに武士の出自です。潔い人生です。
 ちなみに、正三は学者は嫌っていて、「誠に今迄學して、好人一人も不見、學した程の者は皆悪き也」(205頁)とあります。「どの賢人は何とし、此聖人は何と有と、人の上を取て、我鼻に上げたりとも何の用にも立べからず」(同頁)とあります。当時も今と変わらず、こんな輩が世間を徘徊していたのでしょう。お寺のようなところにも今の大学みたいに、この手合いがたくさんいたのでしょう。
 鈴木大拙の解説も理解の助けになりますが、もう少し丁寧に校訂してくれていたら助かるのにと思いました。岩波の文学大系くらいだと読みやすいのですが。
 しかし、名著です。

(岩波文庫1990年リクエスト復刊460円)

| | コメント (0)

2007年11月15日 (木)

佐藤健二・吉見俊哉編『文化の社会学』

 比較文化論の参考書を探していて目にとまったので読んでみました。編者は学問的には偉い人なのでしょう。外国人タレントをしきりに引用しては博識なところを見せるだけでなく、彼らを凌駕する鳥瞰図を披露しようとしてくれますが、残念ながら、学生にとってはあまり面白い本になっていません。
 寄稿しているその他の章の著者たちも、編者に対する感謝の気持ちは伝わりますが、生真面目で芸がありません。CMやファッション、マンガ同人誌、インターネットあるいは沖縄文化といった現代的な話題が扱われていますが、書いた端から古くなるような話題なので、今年出た本とは思えない古さがすでに表れています。社会学の業界内では優秀な人なのでしょうが、最先端科学の成果に対する感度があまりよくないのではないかと思います。
 参考書に指定するのは、やめておきます。

(有斐閣2007年1,800円+税)

| | コメント (0)

2007年11月14日 (水)

内田樹『ためらいの倫理学』

 正しい日本のおじさんの生きる道を説く本。おじさんは世間が理屈だけで通らないことを熟知していますし、他人に対する気配りが必要なことも、何よりよくわかっています。体力も気力も衰える途上にあることを自覚しているので、面倒なことには関わりません。基本的に物事に白黒つけず、その場しのぎで、曖昧な態度に終始していると、いつのまにか事態が好転すると何となく思っていて、しばしばそうなることも経験してきています。
 こんな立場は実は典型的な日本のおじさん的であると同時に、ポストモダン的でもあったのです。著者はもともとポストモダンの思想家たちの難解な言い回しによって知的自己形成を遂げてきた人で、実際文中には時折そうした表現も見られて、今やレトロな感じもするくらいですが、人生のどこかでおじさん的に開き直ることで、現在の境地に達した人のように思われます。
 それにしても、ポストモダンが日本のおじさん的思考と、ここまで相性がいいとは気がつきませんでした。「私には分からない」というのが、知性の基本的な構えである(212頁)という、謙虚でいい感じの知性につながるなんて、ポストモダンを知的衣装として、何か格好のいいものと考える輩には金輪際分からない境地です。
 私もそういう著者の姿勢に共感しますが、同時に、著者はまだまだ若いところも示してくれて、上野千鶴子や宮台真司、岡真理や藤田博史といった現代日本の論客の本を細かに読み解いては批判するというご苦労なこともしてくれています。これで以前から読みたいとも思わなかった本のくだらなさ加減が分かって、ためになりました。私も十分におじさんなので、批判されている彼ら彼女らの本を読んで検証するような面倒なことは今後とも決してしないと思います。

(角川文庫平成15年629円税別)

| | コメント (0)

2007年11月 9日 (金)

アントニア・ホワイト『五月の霜』

 著者(1899-1980)の自伝的青春小説です。発表されたのは1933年でイギリスの修道院付属の寄宿女学校の話です。主人公はもとより、登場人物が実に個性的で、見事な群像劇にもなっています。一人一人が何ともみずみずしい魅力をたたえています。
 このタイプの登場人物の描き方というか、客観的でありながらも愛情にあふれた作者の視線は、ヨーロッパの小説や演劇に独特のものだと思います。本書を原作にした連続テレビドラマも1981年にイギリスで制作・放映されたそうですが(観てみたいものです)、それも当然だろうなと思わせるものがあります。本書に始まる四部作がすべて翻訳出版されることを願います。
 カトリックに対する著者の見方も公平で、主人公に対する単に抑圧的な制度としてとらえているのではなく、その根本にある神秘的な魅力がしっかり描かれてもいます。実際著者は生涯の後半にカトリックに戻っています。経験的にも精神的にも未知の世界をかいま見せてくれますし、主人公の懸命な姿が勇気を与えてくれます。いい小説でした。
 翻訳は訳語がちょっと堅くて論文みたいなところがあるのが難点ですが、読んでいくうちに気にならなくなりました。中村妙子の翻訳よりは遙かにいいと思います。

(北條文緒訳みすず書房2007年2800円+税)

| | コメント (0)

2007年11月 6日 (火)

武田邦彦『環境問題はなぜウソがまかり通るのか2』

 京都議定書のからくりが本書ではっきりとわかりました。日本は明らかに罠に落とされていますね。外務省の役人はいつものようにいい格好したかったのでしょうが、これをちゃんと報じなかったマスコミは怠慢を通り越して犯罪的です。もっとも、公式発表を鵜呑みにし、記者クラブ通いしかしない羽織ゴロには、もともとできない仕事だったのでしょう。
 著者はIPCC(地球温暖化に関する政府間パネル)の公表した資料に基づいて、普通に論理を展開しているのですが、環境保護団体からは評判が悪いようです。この現象からは日本人のお上に弱い心性も窺われて、宗教社会学的にも興味深いものがあります。
 また、わが国の理系の学者たちが、研究費欲しさがために、政府に都合のいい研究成果を発表し続けるという病理も指摘されています。そうでなくても論理に弱い学者が少なくないのに加え、お上の「ひも付き」となると、もうめちゃくちゃです。病巣は深いですね。
 巻末には池田清彦氏との対談もあって、お得です。池田氏の環境関連の本も面白そうなので、いずれ読んでみるつもりです。

(洋泉社2007年952円+税)

| | コメント (0)

2007年11月 3日 (土)

中村圭志『信じない人のための〈宗教〉講義』

 いわゆる「無宗教」の日本人のための宗教案内です。この種の本では最良のものの一つではないかと思います。
 前半は啓蒙的な案内が中心です。啓示宗教について、実際には唯一神が「つぎつぎと歴史に介入していく具体的な一本の系譜がある」(
92頁)ことが重要なのだという指摘には感心させられました。また、ヒンズー教についてもコンパクトにまとめてあり、勉強になります。帝釈天や弁天さん、あるいは毘沙門天や大黒様など結構身近なヒンズー教の神々だったのですね。
 
後半は宗教のとらえ方について、著者独特の柔軟な見方が示されています。宗教を文化の中から概念化しては分類整理し、安心しようという本ではありません。むしろそういう姿勢自体を著者は近代社会の病理の一つだと考えているようです。
 
著者は現実の信仰の姿とその背景の社会構造にきちんと目配りしつつ、宗教に内在する超越性、創造性を見落としていません。さすがです。ジョン・レノンの「イマジン」を「たんにもの分かりがいいだけの『超越的ヴィジョン』」(225頁)と言い切る著者の感性にも共感します。ファンというか、レノン教の信者は怒るかもしれませんが。

 (みすず書房20072500円+税)

| | コメント (0)

2007年11月 1日 (木)

池莉『ションヤンの酒家』

 同僚の先生にお借りして読みました。中国の現代小説です。私は、もうかれこれ5年間中国人留学生の世話をしていますが、彼らの生態を見ていると、本書に出てくるたくましい人間像も想像できなくはありません。農村出身者への差別も徹底していますし、金持ちだといっては露骨に大きな態度を取ったりするのもいて、やっぱりこんな感じなんだと妙なところで感心させられます。小説としては、映画化されたからというわけではありませんが、心理も情景も饒舌なくらい書き込まれていて、映像になりやすいつくりです。現代中国の他の作家は知りませんが、こんなに言葉を重ねて書き込むのは日本の小説にはあまりないことのような気がします。細かな風俗習慣もわかって比較文化論としても勉強になります。

(小学館文庫2004年600円+税)

| | コメント (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2007年12月 »