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2008年1月29日 (火)

内田樹『態度が悪くてすみません―内なる「他者」との出会い』

 フランス現代思想の論理と語り口は、難解だったりあいまいだったりする上に、その難解さやあいまいさ自体に、これまた意味があることとされているのですが、思想家のポーズを取り去って冷静に見てみると、その態度自体は無様で情けない振る舞いなのかもしれません。というのも、もともと大思想の体系や明快なイデオロギーで割り切るわけには行かないことにことさらに注目するこの手の思想は、いたって歯切れの悪い語り口にならざるをえないからです。
 したがって、無理に格好をつけなければ、構造主義やポストモダンの思想家たちが綴る世界は葛西善三や嘉村礒多の私小説のような、実は人間のあいまいで情けない状況そのままだったりするのではないかと思います。実際、あのしみじみとした情けなさは、それなりに居心地がいいのも事実です。
 著者もまたそうした感性を共有している人だと思われますが、それだけにとどまらず、なんともユニークなことに、フランス現代思想の論理を武術的身体論と結びつけることで、新たな世界を開いて見せてくれました。著者のように身体というものの割り切れなさとあいまいさを肯定的にとらえると、実際、そこにはさまざまな可能性が開けてくるように思います。
 たとえば、能の謡独特の響きのある声を、倍音を含む和音ととらえ、そこに複数の「私」を感知したり、長島と車寅次郎を、その全身が発するメッセージを丸ごととらえて天皇制と芸能者の問題として論じてみたりと、著者の議論は自在に展開します。フランス現代思想の理屈がこんな風に使えるとは、本家の思想家たちもびっくりではないでしょうか。
 ほかにも、橋本治の文章を読むべき速度や、小田嶋隆の「脱力」モードへの着目は、大変説得力があります。アメリカン・ポップスに対する造詣の深さにも感心させられました。キャロル・キングは重要な存在だったのですね。幸い、CDは持っているので、もう一度じっくり聴いてみようと思います。

(角川書店2006年724円税別)

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2008年1月28日 (月)

野口悠紀雄『正確に間違う人、漠然と正しい人 「超」整理日誌6』

 標題はケインズの言葉で、漠然と正しい人になりたいと言っていたそうです。それはもちろんそうだと思いますが、正確に間違う人というのは厄介でしょうね。そんな人ほど自分では鋭い論客と思っていたりするから、ますます自分の間違いに気がつかなくなります。実際どこの組織にもこの手合いはいるもので、アメリカの大学の経済学者がしばしばジョークのネタとして登場するのも、彼らがこのタイプの典型だからでしょう。
 本書は2000年から2001年にかけての連載が元になっていますが、その後の世相が一段と(著者の危惧どおりに)悪くなっているので、著者としても予言が当たったといって喜んでいらればかりはいられない心持ではないかと思われます。この後に先日読んだ本が書かれることになるその流れはきわめて自然で納得のいくものです。
 ところで、本書で触れられているヴァイオリニスト、チョン・キョンファによるビバルディの「四季」はぜひ聴いてみたいと思います。昔テレビで演奏しているのを聴いてぶったまげたことがありましたが、思えばCDを1枚も持っていませんでした。著者がこれほど絶賛するのだから、きっと相当のものなのでしょう。この機会に買って聴いてみます。

(ダイヤモンド社2001年1400円+税)

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2008年1月26日 (土)

野口悠紀雄『日本経済 企業からの革命―大組織から小組織へ』

 著者の近刊を2冊読んで、その洞察の鋭さに感心したので、ちょっと古い2002年に出された本書も読んでみました。基本的な姿勢が一貫していてさすがです。ただ、当時はかなり異質な見解だったようで、その道の専門家からは批判も受けたみたいです。しかし、2008年現在の状況を見ると、事実が著者の考えの正しさを裏付けてくれたようです。
 当時は専門家から相手にされなかったと最近の著作にあった「要素価格均等化定理」についても、著者はこのころから言及していたのですね。しかし素人目にも、その後のわが国の賃金の伸びが見られないことを説明するのに、この定理が有効であることが実証されつつあるように思われます。
 また、IT産業の革命性についてしっかり説明してくれるのは助かります。大学の通信教育などもe-ラーニングをもっと大胆に取り入れる必要があることがよくわかりました。
 それから、政府の円安政策が意味するところを「国民が保有する資産に臨時税をかけ、税収の一部を輸出産業に補助金として給付する」という形で比喩的に示してくれると、トヨタが儲かっているからといって喜んでばかり入られないわが国の状況がよくわかります。
 著者の説明はいつもわかりやすく、具体的な提言までしてくれるので、「それでどうしたらいいの?」という疑問にもしっかり応えてくれます。経済学なんだからそうでなくては困るわけですが、根本的には著者一流のサービス精神の発露ではないかと思われます。
 それにしても、副題にあるように、旧態依然の大組織でやっている会社は組織改革をしないと、これからどんどん沈んでいくことになるでしょう。しかしながら、わが社も含めてそうなのですが、そのことに気がついている人があまりにも少なすぎるのが問題です。簡単に言って、覇気と侠気に乏しいのです。あー情けない。

(日本経済新聞社2002年1,600円+税)

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2008年1月24日 (木)

阿部謹也『物語 ドイツの歴史』

 古本屋で見かけてはじめて本書の存在を知りました。こんな本が出ていたのですね。迂闊でした。
 本書はドイツ史の通史としても読みやすい本ですが、単なる教科書ではなく、ジプシーやユダヤ人あるいは刑吏のような被差別民といった社会的弱者への目配りも行き届いていて、アジールの話もあり、著者らしさが光っています。特に、中世ドイツの宇宙観が音楽やドイツ観念論哲学に反映しているという考えは新鮮で説得力がありました。
 ドイツ史に限らず一国の通史は「勉強しとかなくちゃ」と薬でも飲むようなつもりで我慢して読むことが多いのですが、本書は普通の新書の倍以上の厚さにもかかわらず、途中で飽きることなく読み通すことが出来ました。
 ただし、門外漢としては、時々文中に正確な年号を記してほしい箇所がありました。巻末に詳細な年表があるのは助かりますが、私のような怠惰な読者はいちいち見たりしません。
 それから、慣れると気にならなくはなりますが、著者の文体は結構情熱的で、勢い余って「~のである」という表現が多用されるところがあります。ちょっとくどいかなと思います。私も気をつけているつもりでやってしまうことがしばしばありますが、大体、実証的でないことを書くときにこうなりがちのような気がします。ちなみにこれを「~のだ」にすると、バカボンのパパになります。
 それはともかくとして、やはりいい本だと思います。今後も折に触れて読み返すことになるでしょう。

(中公新書1998年860円+税)

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2008年1月20日 (日)

成人式は町内会主催で

 ここでは、カテゴリーを変えて、読書だけではなくちょっと気がついたことを書いておきます。
 成人式のことです。今年の成人式は「荒れた」という報道は聞きませんでしたが、急に新成人がおとなしくなったとも考えにくく、もはや荒れることが常態化しているのかという気もするくらいです。大学の1~2年生を見ていると、基本的に人の話をちゃんと聞く習慣が身につかないまま18~19歳になってきている連中が少なくないため、成人式が荒れていなくても、お偉いさんの話は聞いていないだろうなとは想像できます。
 それで、以前から思っているのですが、成人式は自治体で大規模に開催するのではなく、町内会が主催することとし、神社の社務所の座敷や公民館などを会場にして、地域で新成人をお祝いするようにしたらどうでしょう。自治体もそれぞれに多少助成金を出したとしても今より安く済むはずです。地域でこれから成人として共同体に参入するという意識を持ってもらうため、一人ひとり自己紹介とともに新成人としての決意を述べてもらい、会食、歓談という成人式なら、成人となる意義も確認できるのではないでしょうか。

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福島香織『危ない中国 点撃! 福島香織の「北京趣聞博客」』

 中国の危ない食品、薬品、化粧品その他の驚くべき情報が満載です。昔中国のミルクキャンディーを食べて気分が悪くなって寝込んだことがありましたが、今にして思えば、あれはきっと偽者か有害物質の入ったものだったのでしょう。
 大学の留学生も時々変なものを食べて学生寮でひっくり返っていることがありますが、ひょっとしたら郷里から送られてきたものに原因があるのかもしれません。日本で大きなザリガニを捕まえていて料理したりしていることは知っていたので、そのせいかと思っていましたが、本書を読んで、彼ら彼女らはそれくらいならまったく大丈夫だということも分かりました。実際ザリガニ料理もあるそうです。思えばもともとアメリカザリガニは食用でしたものね。
 本書ではなにより偽物の卵というのが出てきて、驚かされました。生で食べても区別がつきにくいくらい精巧にできているとか。当然コストが安くて儲けられるので作っているそうですが、食べ続けたら悪影響があるのはかないません。学校帰りにチキンラーメンの偽物をほおばって帰っていた小学生がばたばたと倒れて亡くなったりすることは、そう珍しい事件でもないようです。有害な薬物を混入させるのだけはどうにかしてほしいですね。
 それにしても、本物と見分けのつかないほど精巧な偽物製造への情熱が尽きることがないのは、なんだか妙に感心させられます。これも国民性なのでしょうか。面白い人たちですが、現地に行くときは気をつけなければいけません。出張命令が出ないことを祈っています。
 なお、本書の最後に劉少奇夫人王光美への追悼文があって、こんな立派な人もいたのかと感心させられました。

(産経新聞出版2007年1600円+税)

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2008年1月10日 (木)

野口悠紀雄『資本開国論』

 世界の経済構造がこの15年ほどで大幅に変化してきていることが手に取るようにわかる本です。アイルランドの好景気は仄聞していましたが、イギリスが18年以上も好景気を続けていたなんてことは改めて言われてみるまで気がつきませんでした。世界をリードするのはもはや重厚長大産業ではなく、ITや金融といった情報・サービス系のそれであることが、実証的データとともに示されていて説得力があります。
 なお、この種の今日元気のいい業種のイメージも本書である程度具体的にわかりました。日本の代表的企業の一人当たりの時価総額や資本収益率の一覧表もショッキングです。いまや一人当たりのGDPはわが国は1993年段階で世界1位だったのが、2005年で14位、今年は18位です。完全に時代に乗り遅れています。報道機関によって提供される目先の情報に惑わされずに、この事実を直視する必要があるでしょうね。
 ところで、本書最終章の、わが国の対外投資の失敗を論じたくだりを読んでいると、アメリカと協調介入までして円安を維持している政策は、結局アメリカがお金を借りやすくするという意味しかなく、それではアメリカにいいようにコントロールされているのではないかと思えてきます。少なくともあちらにはわが国の経済官僚よりもはるかに優秀な人間がいて、政策立案にかかわっているのは確かなようです。なんだか情けなくなってしまいます。
 それにしても、著者は懇切丁寧に今日の経済情勢を分析してくれていて、実にいい勉強になります。経済学の教科書にばかりこだわるのではなく(無視はせずにうまく利用しています)、かといって理論を無視したヤマ勘でものを言うのでもなく、問題解決の処方箋まで示してくれて、言いっぱなしでない所がいいですね。

(ダイヤモンド社2007年1800円+税)

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2008年1月 7日 (月)

D・カーネギー『人を動かす』

 あけましておめでとうございます。年末年始はそれなりに休めましたが、本は読めませんでした。通勤電車内でしか読書できない体質になっているようです。
 さて、本書は以前途中まで読んで、読了していませんでした。年末に本を整理していてそのことに気づかされ、もう一度読みました。やはり大変な名著だと思います。学ぶべきことがたくさんありました。
 本書にあるように、人の過ちや誤りを指摘せず、批判せず、議論を避け、相手の話に関心を持ち、良い点を即座にほめる一方、自分の誤りはすぐに認め、過ちはすぐに詫び、真摯に相手の話に耳を傾けるといった人がいるなら、確かに相手は心を動かされることでしょう。
 さらに、本書では理屈だけでなく、いろいろな人のエピソードがふんだんに盛り込まれているので、実に説得力があります。著者自身若いときは相当の議論好きだったため、かなり苦労したようで、こうした語り口自体もそうした体験に裏打ちされているのでしょう。
 著者のメッセージは具体的でわかりやすく力強いものです。とりわけ、人間のプライドが邪魔をして気がつきにくいことを中心に書かれているところがポイントで、オリジナリティーのあるところです。この点で、本書は営業などの交渉ごとに役立つ実践的な指南書であるだけではなく、人間の感情と理性の折り合いの付け方を学ぶのにも良いテキストです。
 それにしても、本書で書かれていることは実にもっともなのですが、そのもっともで効果的な助言の背後に、いつも水平的で対立的な人間関係の中で相手と競争し、議論を戦わせながら生きている西洋人、特にアメリカ人の結構殺伐とした生き方が見えてきて、社会学的にも興味深いものがありました。昔、桐島洋子の『淋しいアメリカ人』を読んだときのことを思い出しました。
 海外の事情は日本にいると何だか理想的に見えがちですが、それはそれで結構辛そうですね。

(山口博訳創元社1982年第2版1300円)

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