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2008年4月29日 (火)

米原万里『必笑小咄のテクニック』

 秀逸な小咄が整理分類されて、テクニックが解説されています。練習問題もついていて、参考書みたいですが、なかなかいい本です。ただ、こうやってテクニックを磨いても、意外と現実には使えないんですよね、小咄というのは。欧米では昔から盛んですが、関西流の反射神経を要する当意即妙のボケとツッコミでないのは、私にはちょっとリズムが合いません。読むだけならいいんですが。
 というわけなので、本書で私がスゴイと思ったのは、ロシア人の現実生活での次のような小咄的やりとりです。

 「ねえママ、信号が赤のときでも道路渡ってもいいかなあ」
 「もちろんいいに決まってるじゃないの。ただ、その場合は両手を挙げて渡るのよ」
 「なんで?ドライバーに見えやすくするため?」
 「ううん、死体安置所でシャツを脱がしやすくするためよ」(110-111頁)

 ロシアでは街のあちこちでこういうやりとりが聞かれるとのことです。へぇーっ、ロシア人って、そんなに面白い人たちだったんですね。ロシア語を勉強してみようかという気になってきました。

(集英社新書2006年680円+税)

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2008年4月28日 (月)

西加奈子『こうふく あかの』

 本書の少し前に出版された『こうふく みどりの』を読んだので、これも楽しみにしていました。別に続編ではないのですが、一部登場人物がごく端っこのほうでちょっぴり重なっています。
 これも著者の他の作品と同じように、独特の怖さのある小説です。でも、私としては前作のほうが好みです。難しいテーマをうまく書いていると思います。しかし、主人公男性の自意識過剰さの理由があまり書き込まれていないのと、その主人公の(血のつながっていない)子どもが誕生後どんな風に育っていくのかが省略されているところが、読者としては無性に読みたくなります。
 それにしても本作もヘンテコな登場人物がいろいろと登場し、楽しませてくれます。プロレスの興業団体の経営する練習用リングのあるバーなんてのが出てきて、そこで猪木の昔の試合のビデオを流している、なんて設定は絶対ありえないと思うのですが、そこに来る常連の老婆たちの会話なども含めて、奇妙なリアリティーがあります。この人物造形力、畏るべしです。

(小学館2008年1,200円+税)

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2008年4月27日 (日)

池田清彦『生命の形式―同一性と時間』

 人が世界に何らかの同一性を認めていることの不思議さを追求した本です。同一性は時間の話と裏表の関係にあります。あるものがあるものだと同定する場合には時間の経過は無視します。同一性を否定すると今度は時間がむやみに流れ去ってしまいます。
 さらにまた、ある人があるものを同一と認めることと他の人がその同じものを同一と認めることは、厳密には保証されていないのに、なんだか話は通じてしまいます。その同一性の根拠は何なのかという難しい問題があります。
 結局そうした同一性は基本的には同じしくみをもったわれわれのパラレルな思考が共鳴するということなのかな、と本書を読んで曖昧に納得しています。
 「共観」という概念をもとに法社会学理論を構築したホルヴァートという法社会学者のことを思い起こしながら、自分が今書いている本にも活かすつもりで読みました。生物学の立ち入ったところはわかりませんが、刺激的な理論書だと思います。

(哲学書房2002年1900円税別)

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橋本治『上司は思いつきでものを言う』

 タイトルが秀逸です。このタイトルにひかれて買った人も少なくないでしょう。私の職場にも、こんな上司たちがあちこちにいますもんね。
 さて、現場を離れた上司たちがあらぬ事を口走るようになるのはどこの会社にもありがちなことですが、これを社会的な構造上の問題としてとらえているところが著者の鋭いところです。そして、日本社会全体が官僚化していることまでしっかり観察しています。さらに、世界の中で日本に対する欧米諸国の態度も「思いつきでものを言う」ものと見抜いているのだから、たいしたものです。論理と観察力で、ここまで行けるのかと正直驚かされました。
 で、とりあえずそんな上司をどうするかという点で、著者は「NOと言う前に、声に出してあきれるべきだ」と言います。この処方箋は意外と効き目があるかもしれません。
 私の職場なんて、もう長年にわたって、どこでも部下たちは上司の下では揃ってお通夜みたいに黙って従っているのです。で、上司の顔色ばかりうかがって、現場のほうに目が行き届かなくなって久しいのです。定員割れも道理です。
 そこで、今後は変なことには「えーっ!?」ってとりあえずみんなが言うようにしたら、いいかもしれません。吉本新喜劇の内場君のようなノリではどうでしょうかね。ま、そんなことを想像するだけでも気分が軽くなります。
 ま、いずれにしても、上司に限らず、現場の声に耳を傾け続けることが、結局は大切でしょうね。

(集英社新書2004年660円+税)

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2008年4月22日 (火)

フランツ・モルナール『芝居は最高!』   

 ヘビーな戯曲を読んだ後は、軽妙な喜劇が読みたくなりました。これも長年読まなきゃと思っていたモルナールのお芝居です。ハンガリー出身の劇作家としては、最も名を知られた人の一人です。これは英語からの翻訳ですが、モルナールは2段組で厚さ5センチほどの英語版の戯曲集が出ているくらいですから、かつて全世界で上演されていたことがわかります。
 いわゆるウェルメイド・プレイっていうのでしょうか、実によくできたコメディーです。モルナールのお芝居の邦訳は、これ以外には『リリオム』があるくらいですが、現在入手困難です。かつて森鴎外が翻訳した短編が3編ほど全集に収録されていると思います。ネット上の「青空文庫」でも読めます。
 私のホームページ上の「ハンガリー演劇の部屋」では、留学時代の友人が訳した『すみれ』を載せています。よろしかったらご一読を。モルナール・フェレンツのところをクリックしてみてください。これも傑作ですよ。

(三田地里穂訳而立書房1990年1236円)

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2008年4月21日 (月)

秋元松代『七人みさき』

 私の師匠がかつて絶賛していて、それ以来気になっていた戯曲をようやく読みました。日本の共同体的・神話的・物語的問題が凝縮されたようなお芝居です。源氏物語を下敷きにしたとてつもない陰惨な話です。読後感の悪さも相当のもので、夢に出てきそうです。でも、これがある種の魅力的な光を放っていることは否定できません。
 今日の日本では、すでにこのような世界はほぼ消滅しているのです(天皇家には残っているような気もします)が、田舎育ちの私には、この種の共同体的記憶はまだ残っていて、かつての不気味な世界を思い起こさせてくれます。
 かつて紀州出身の知人が、中上健次の『枯木灘』は自分にとって生々しすぎてよう読まんと言っていたことを思い出しました。あの枯木灘と同質の世界で、同じ問題を共有しているように思います。要するにコアな日本なのです。文学的にすごい世界だと思いますが、舞台では観たくないですね。カタルシスが否定されているような芝居ですから。
 この点で日本の第一級の演劇人はやはり世阿弥だなあと思います。個人的には、やはり劇場では別の世界に連れて行ってほしいです。しかし、著者の『かさぶた式部考』のほか、いくつかの代表的戯曲は読んでおくつもりです。

(河出書房新社1975年980円)

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2008年4月20日 (日)

高木光『ライブ行政法〈初級編〉』

 毎年学部の非常勤講師として行政法を講義するときは、本書を事前に読むようにしています。1993年の本ですが、条文の改正箇所等は別にして、理屈自体は古くなっていません。著者の人柄が伝わってくるような語り口の講義です。
 著者のように、学生に具体的な設例を考えさせながら授業を進めるスタイルは大変参考になります。特に行政法は独特の講学上の概念が多い分野なので、これを暗記せよなんて言っても、公務員試験受験者くらいしかついてこられません。
 しかし、本書のように話を具体的にし、できるだけ発問を多くして、インタラクティヴな授業スタイルを作っていくと、経営学部の学生でも何とかなります。ただ、法学部とは違って、なかなか授業に六法をもってきてはくれません。六法を教科書に指定した方がいいかもしれません。
 本シリーズの〈中級編〉は補訂版が出ています。本書も改訂してほしいところです。それと、著者による行政法の演習書があると助かります。どうも最近はいわゆる演習書というのが流行らないようで、法学部全体の学力が低下しているのではないかという気もしています。大学のゼミなどでも事例問題なんか扱えないのかもしれません。法科大学院などでは一体どんなことをやっているのでしょうね。

(有斐閣1993年1700円)

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2008年4月19日 (土)

南塚信吾『ブダペシュト史―都市の夢』

 ブダペストという都市の通史はわが国では初めてだと思います。ハンガリー建国から今日に至るまでのブダペストの歩みが鳥瞰できます。社会的弱者や異民族への目配りもよく行き届いた良書です。
 都市とはそもそも様々な人びとに開かれた場所なので、国民国家や民族の歴史に包摂されてしまうものではありません。ブダペストもハンガリー人がむしろ少数派だった頃から独自に発展してきた街なので、100年前なんて最近の歴史のような気がしていても、やはりそれなりの想像力をもって見ていかなければなりません。その点で本書の目配りは見事だと思います。
 写真や図版、地図が豊富で見ているだけでも楽しい本です。ただやはり、この街に行ったことがない人には、わかりにくいところもあるかもしれません。本訴で触れられる地名や通りの名前がきっちり記された索引代わりになる地図を、本書の冒頭にでも見開きのカラー地図として折り込んでもらえたらありがたいのですが。

(現代思潮社2007年2800円税別)

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2008年4月18日 (金)

ジョージ・タボーリ『ゴルトベルク変奏曲』

 ハンガリー出身のユダヤ人作家タボーリの戯曲です。本人の演出する上演を観てみたかったのですが、昨年93歳で亡くなりました。見事な劇的世界を構成しています。ドイツ語圏で人気があるのもわかる気がします。昔ウィーンで観たトーマス・ベルンハルトの戯曲(題名を忘れました)とベルリンで観たアラバールの「建築家とアッシリアの皇帝」に近い雰囲気も感じました。
 かつてアウシュビッツを題材にしたタボリの戯曲「人肉を喰う人々」がベルリンで上演されたときには劇場側が万一に備えて逃走用の車を用意したと訳者解題にあります。実際恨み節とは一切無縁の内容で、むしろ過激な笑いに満ちています。
 本書では聖書を思いっきり解体して戯曲化していますが、こんなに大胆に瀆神的なことを書ける人は他にあまりいないのではないでしょうか。もっとも瀆神的といっても表面的にそう見えるだけで、実は決してそうではありません。そのあたりの呼吸が絶妙なのです。
 そして、深く深く劇的になると、瀆神云々はどうでもよくなるというより、もっと根本的・原初的に敬虔な世界が立ち現れてきます。へぇー、こんなところに連れて行ってくれるのかと正直驚かされました。こうやって書いていてもまだ読み終わったあとの独特の余韻が残っています。久々にいい戯曲を読みました。
 この論創社の「ドイツ現代戯曲選30」シリーズは他にも読みたい戯曲がたくさんあります。ベルンハルトやハントケ、ハイナー・ミュラーなどこれから読んでいくつもりです。

(新野守広訳論創社2006年1600円+税)

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2008年4月13日 (日)

橋本治『橋本治の 男になるのだ』

 1980年代には著者の本はかなり読んでいましたが、しばらくご無沙汰でした。久しぶりに読んでみると、相変わらず冴えていて面白かったです。三島由紀夫がこんな文体をもっていたら人生が変わっていたことでしょう。なんてことを考えるのは、センスとしては両者は似ている気がするからですが、これは私の勝手な思い込みです。
 さて、本書では前半が「男の自立」が語られます。自立とは「まともになろう」と決心し、そうなるように努力することで、それは「女の自立」と同様、みんなから嫌われることでもあるのです。しかし、そうした自立した人間の例がかつての織田信長だったりするのですから、それでいいのだという気になります。
 しかしもちろん、信長でなくても「まともな」男になるだけで十分です。岐阜県庁や名古屋市役所みたいに裏金をこそこそ貯めたりしないだけでも十分です。新年にお会いしたとある美容学校の校長先生は、うちは女性のほうが侠気(おとこぎ)があるとおっしゃっていました。職場で労働組合を組織してみると、確かに女性のほうが侠気で動いてくれます。肝心の男はどうかというと、思った通りさっぱり自立していないのでした。特に若手職員が情けないほど会社べったりです。
 さて、本書の後半は、子どもの気持ちで好奇心を持って努力すると、いろんなことができるようになるというお話です。運動音痴だと自認していた著者が高校3年生になって初めて逆上がりができるようになったと聞くと、そんなこともあるのかと感心させられますが、それに先んじて突然懸垂が20回近くできたというのは、もはや怪力の部類に入ると思います。
 大事なことは、子どものように素直に自分が「できない、わからない、知らない」のを認めることで、そうすれば人から教えてもらったり、自分で調べたりして、「できる」方向へ一歩踏み出すことができるというわけです。
 実はこれって「弱さの強さ」に通じています。自分の弱さを認めることは、助け合いのネットワークの中心に自分を置くことでもあるので、実はいい友達も増えるんですね。
 だから反対に、自分の無知無能を認めずに何もしないでいると「一生わがままなままでつまらない人生を送ることになりますよ」(176頁)という指摘は、本当にその通りです。
 最初にボタンを掛け違えると、能力の如何に関わらず傲慢な人間となり、傲慢な人間なら結局能力も知識も中途半端で終わってしまうことになるからです。作家の山田詠美はどこかで「お勉強のできるバカ」という言い方をしていましたが、そんな感じでしょうか。もちろん、勉強はできなくてもバカにならない道は昔からあります。

(ごま書房1997年1,100円+税)

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2008年4月12日 (土)

池田清彦『やぶにらみ科学論』

 本書は連載をまとめたものなので、理論書ではありませんが、その分いろんな話が詰まっていて、面白かったです。著者によれば、カミキリムシやタマムシの幼虫は生で食べるてもおいしいそうです。蜂の子やイナゴは食べたことがありますが、そんなにおいしかったという記憶はなかったので、へー、そんなものかと思います。しかし、やはりわざわざ食べてみる気はしません。しかし、虫を食べなくなったのは西洋の食文化の影響だという指摘には、なるほどと思わされました。確かに西洋人は虫を食べませんね。
 教育論では、すべての物質は分子や原子からできているという原理をまず教えるべきで、分子式を教えるのをゆとり教育で先延ばししたついでに、原理まで教えないようになるのはまずいという指摘も、もっともです。日本人の大人の科学知識の正確度は先進国中で最低レベルだったそうですから(68頁)、これからもこの傾向は続くことは間違いなさそうです。
 「加速するバカ化」の章では「辞書を引いても英文の論文を自力で読むことすらできないのに、大学院に進学したいとのたまう学生」というバカが出てきますが、今や全国的にそんな大学院生だらけで、どうかするとすでに教壇に立っていたりするのですから、往生します。ただ、そういったバカはバカでない学生にしっかり見抜かれてますからね。
 著者がこだわっている「同一性」の問題については、私も「共観」の概念を考えているところなので、関心があります。著者の『生命の形式—同一性と時間』も読んでみることにします。

(ちくま新書2003年700円+税)

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2008年4月 8日 (火)

養老孟司『こまった人』

 著者の語り口にもかなり慣れてきましたし、話題も他の本と重なっているところがあって、あれ、この本は前に読んでいたかなと思うときもあるくらいでしたが、やっぱり初めてでした。
 本書も新鮮で印象的な表現がたくさんありました。思い出すままに三つほど挙げてみます。
 たとえば、わが国が第二次大戦後「物づくり」で成功したのは、敗戦の結果として「確実なものを求める」という情熱に支えられていたからであり、それがなくて物づくり自体を動機とするのはエネルギーが落ちるだろうという見通し(30頁)は当たっていそうです。
 「本当の自分」やその「自分探し」にこだわる現代の若者の風潮は、キリスト教の「変わらない私」つまり「不滅の霊魂」に由来するという指摘(114頁)も面白いと思います。
 また、英語の定冠詞 the と不定冠詞 a の感覚はそれぞれ日本語の「は」と「が」に対応しているという発見も、国語学者がどういうかはわかりませんが、感覚的には説得力がありました。
 どれも長く頭に残って少しずつ沈殿していきそうなアイデアです。こういう発見に出会える限り、いくら繰り返しの話題があっても、愛読者をやめるわけにはいきません。

(中公新書2005年700円+税)

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2008年4月 6日 (日)

池田清彦『構造主義生物学とは何か』

 著者のいう「構造主義生物学」が最も理論的に展開された本です。ソシュールやレヴィ=ストロース、あるいはフーコーの議論も丁寧にフォローされています。6章だけは生物学の門外漢にとって、わかりやすいとはいえませんが、他の箇所はいろいろと刺激的で、大変参考になりました。
 とりわけ、外界の現象の意味を解釈する際の型が同じであれば、現象の意味が同定され、意思伝達も可能となるという議論は面白いと思います。法哲学の議論にも使えそうです。ただ、この問題に冠するフッサールやウィトゲンシュタインへの言及はここではありませんでした。ちょっと期待していたのですけどね。
 しかし、その代わりに、このアイデアが養老孟司の本から得られたものだと判ったのは収穫でした。『唯脳論』はまだ読んでいないのですが、これは是非読まなければ。

(海鳴社1988年2,500円+税)
 

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2008年4月 5日 (土)

金子郁容編著『学校評価—情報共有のデザインとツール』

 最近は大学でも文部科学省から、第三者評価の結果によって助成金額が決まりますよと脅しがかけられ、全国の大学は旧国公立大学も私立大学もすべて文部科学省の指導に従順に従わざるをえなくなってきています。業者と人間も送り込まれるので、日本全国すべての大学が文部科学省立大学になってきました。いずこも同じく、思いっきり官僚化しています。
 このままいくと、全国のどの大学に入っても同じシステムのもと、同じカリキュラムと評価基準で教育がおこなわれることになります。というか、もう実はなっているのです。違いがあるとしたら教員の質だけでしょうが、どこの大学でも優秀な先生は一握りですので、結局学生の満足度は今までと変わらないことでしょう。
 ただ、私立の場合は市場原理に任せては潰れるしかない大学が、本当に潰れるのと、文部科学省の救済の手が差し伸べられるまでの間にどうしてもタイムラグが生じるので、これにどう対処するかが問題です。
 ただ、面白いことに、この危機的状況にあっても、すでに官僚化された私学では、独立行政法人系大学よりもはるかに危機意識がないのです。教員は仕方ないにしても、職員までもが、ただロボットのように日々の業務をどうにかこなしているといった具合です。ただ、民間企業の経験のあるようなごく一部の、もののわかった教職員だけが真剣に何とかしなくてはと思っています。
 その結果、もう数年もすると、独立する力もなければ、団結する勇気もない、無能な教職員集団が沈みゆく舟に取り残されることになるでしょう。こうなったら、護送船団方式の復活が待たれます。しかし、政府もかつてバブル崩壊後の銀行を救ったようには救ってくれないのではないでしょうか。世論の理解が得られそうにありません。自業自得だと言われそうです。
 さて、本書は著者の『コミュニティ・スクール構想』の実践版です。地域のボランタリーな力を活かした新たな教育機関を構想する際の鍵となる評価のツールについて、具体的に論じられています。副題にもありますが、評価が閉じられたものではなく、共有化されることが必要です。ダメな組織ほど情報を秘匿しながら腐っていきますから。
 また、以前から個人的に関心のある足立区立五反野小学校の例が取りあげられていて、さすが、と思いました。いつかは時間を見つけて、この学校の杉淵先生の授業を参観したいと思っていながら果たせずにいるのですが、この学校自体が面白いところでもあったことがわかって、収穫でした。今年こそ行きたいものです。

(ちくま新書2005年680円+税)

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2008年4月 4日 (金)

イルカ『もうひとりのイルカ物語』

 イルカにはスゴイ旦那さんがいて、プロデュースしてくれていたんですね。それでまた、その旦那さんがパーキンソン病になって20年間の闘病の後に昨年なくなったなんて、なんとまあ大変な話です。しかし、この難しい病気とじっくり付き合い、最後まで人生を全うできたという記録は、読者を勇気づけてくれると思います。
 それにしても、イルカはなんか全然老けた感じがしませんが、実は還暦間近で、孫もいるんですね。今度じっくりCDを聴いてみたいと思います。ミュージシャンのお父さんと録音したジャズアルバムもあるらしいので、どんなものか楽しみです。

(マガジンハウス2008年1400円税別)

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2008年4月 3日 (木)

金子郁容・鈴木寛・渋谷恭子『コミュニティ・スクール構想』

 地域の要請を受けて、地域の自発的な人々の協力を得ながらつくられる学校をコミュニティ・スクールといいます。これが私立ではできそうでできないんですね。地域の人々からはしばしば面白い要望があって、私も大学のある地域で語学講座や教養講座をたびたび開きますが、さらに要望にこたえようとすると、学校法人側はとたんに渋い顔をし始めます。制度的にも施設なんか絶対に貸さないという利用料金の設定があったりします。
 このあいだも大学で地域の指導者不在の中高生向けにバスケットボールの講習会を開こうと稟議を起こして、もう1ヶ月以上棚晒しにされています。クラブチームを作って保険に加入し、勤務時間外にやると言っても、しぶることしぶること。
 というわけで、本書でもコミュニティ・スクールは公立の方がスムースに行きそうなことが書かれていて「やっぱりね」って感じです。地域の人々の教育に対する強い関心と協力の上によい学校が生まれると、地域もまた相乗作用でどんどん活性化されてくるということは、心底納得がいきます。
 私も将来NPO法人立のコミュニティ・カレッジなんか創ってみたいですね。人件費をかけずに素晴らしい人材を集めることができるからです。私の大学のある地域でも大学の教員たちよりはるかに優秀な人材が揃っています。そこで学生たちを手塩にかけて育ててみたいものです。

(岩波書店2000年1800円+税)

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2008年4月 2日 (水)

西加奈子『こうふく みどりの」

 最初は何気ない話から始まりますが、最後はやっぱり感心させられ、感動させられました。よくこんな話、書けるものです。作者は人間の心の底の底の奥底まで降りていって、読者が登場人物のすべてと共鳴するような作品を書いてくれます。登場人物はすべてそれぞれに魅力的で、生命力に溢れています。ネットワーク的ポリフォニーの小説です、って意味わかんないかもしれませんが、そんな感じです。
 「みどり」は緑という中学生の女の子です。この年頃の子の恋愛未満の感覚と性の話題が上手に書かれていることにも感心させられます。作者はいつもそうですが、微妙な話題を構えずに品よくかつ正確に書くのです。みどりちゃんなかなかいい感じです。
 『こうふく あかの』も「2ヶ月連続発売」ということで、今店頭に並んでいるようです。プロレスラーが主人公とのことです。この小説とも微妙に関係がありそうです。早く買って読むつもりです。この作家、凶暴な勢いがあって、めっちゃ優しくて、深くて、ほんとにすごいです。

(小学館2008年1300円+税)

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