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2008年6月30日 (月)

青木新門『納棺夫日記 増補改訂版』

 人を棺に納める葬儀屋さんの自伝的省察。その省察は深く、かつ暖かいものです。多くの人の亡きがらと向かい合ってきた人だけに、死について考えざるをえなかったのでしょう。この職業にもなかば偶然にたどりついた感じですが、こういう本を書くために死者に導かれたのかもしれません。親鸞聖人を実感として理解している希有な人です。
 死と隣り合わせにいたことのある人には、あらゆるものが光り輝いてみえるようで、さらにそこに、感謝の気持ちがわき上がってくるようです。これが南無阿弥陀仏と理解できるというか、実感できるものなのですね。
 ちなみに私は最近、腹黒いことをしている人から黒い影が立ち上っているのが見え(るような気がし)ます。「わ、黒っ!」という感じです。ただし、自分が善人だと信じている困ったちゃんは黒くは見えないので、大したものではありませんが(顔の前のあたりが劣等複合意識でくすんでいるようには見えます)、もっと美しいものを見たいものです。しかし、美しい光が見えたときは、お迎えが近いのかもしれません。

(文春文庫1996年438円+税)

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2008年6月27日 (金)

勢古浩爾『いやな世の中 —〈自分様の時代〉』

 いつものように夜郎自大で傍若無人な「自分様」の実例がふんだんに登場します。こんな人が目立つようになると、確かにいやな世の中でしょう。しかし、いつも感じるのですが、これは著者が東京に住んでいるだけに、余計目につくのではないでしょうか。隙あらば人のあらを探して優位に立とうとするような差別的視線を東京ではよく感じます。そして、そんな視線との相乗作用によってバカはますます手がつけられなくなってくるのではないでしょうか。
 私の住む中部圏にもバカはたくさんいますが、その種の視線がほとんどないため、わりと単純なバカ止まりで、比較的対処しやすい気がします。名古屋なんか一応都会のふりしていますが、妙にのーんびりしていて、「大いなる田舎」と呼ばれるのも道理です。東京から越して来た人からはしばしば「楽だね」と聞くことがありますので、同じことを感じる人は少なくないように思います。
 さて、本書の前半はバカの博覧会さながらで、どうなるかと思いましたが、後半からの著者のメッセージは結局、まっすぐ生きよ、というシンプルで力強いものになります。「せめて凡俗の妙好人」にとあって、著者が妙好人に惹かれるところもよくわかります。妙好人を批判する河上肇や家永三郎のバカさ加減も際立っています。「人間を政治的にしか見ることのできない人間のほうが、よっぽど『愚鈍』である」(200頁)とあるのは同感です。紹介されていた柳宗悦の本も探してみます。

(KKベストセラーズ2008年724円+税)


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2008年6月26日 (木)

日垣隆『学校がアホらしいキミへ』

 この本もいいですね。中学・高校生に読んでほしい本ですが、それより自分が何度も読み返したくなります。本の帯に糸井重里が「この本には『ほんとうのこと』と『うまいこと』が両方書いてあります。だから、おもしろくて、得をします」と、いかにもうまいコピーが書かれています。その通りです。こうやって書いていて帯が目に入ると、書きにくくなってしまいます。
 それはともかく、本書を読んだ若者が、メッセージ通り、知恵と勇気を備えた立派な大人になってくれるといいですね。私もこれから立派な老人になるようがんばります。ストレートにそう思わせてくれる本です。でもそれはいわゆる勝ち組になることではありません。印象的を紹介しておきます。
 「老後に詐欺のような年金と僅かな貯金と猫の額のような土地を持っていても誰も訪ねてこない『自立した人』と、短期間ならいつでも泊まりにいける知人や友人たちをもって『依存している人』と、どちらが楽しそうか。どれだけたくさんの人に気持ちよく依存して生きていけるようになるか。それが教育の目的とさえ言っていいのではないか、と俺は思う」(20頁)
 いいでしょ?

(大和書房2008年1200円+税)

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2008年6月25日 (水)

日垣隆『部下の仕事はなぜ遅いのか』

 部下が部下である限り仕事は永遠に遅いのではないかとツッコミを入れたくなるタイトルですが、内容は部下を育てるということについてのいわゆるコーチング指南書です。前半は理論、後半はセミナーの記録という体裁ですが、いろいろと有益な話が詰まっています。
 ちなみに私は教務主任という肩書きですが、かつて1年だけ部下がいたことがあります。その後はヒラの仕事もやれということで、一人で土俵をこしらえて相撲を取って、行事までやっています。
 それはそれとして、私自身バスケットボールのコーチもしているので、やはり育て方という点で本書には啓発されることがたくさんありました。アメリカのスポーツはとりわけマニュアル化が進んでいるので、バスケットボールについても指導法が確立されているように思います。そのうち調べてみるつもりです。
 よいアイデアは何でもすぐに取り入れて能率アップをはかる、というのは共感できます。マニュアルもあればできるだけ参照したいと思います。そうなると質のいい情報がどれだけ収集できるかという問題にもなってくるわけです。
 しかし、お膳立てが終わったら、結局のところは愛情と信頼の問題なのかなという気がします。特に信頼して任せるというのがなかなかできないところですね。
 レファ本として座右に置きたい本です。

(三笠書房2008年1400円+税)


 

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畑村洋太郎『みる わかる 伝える』

 観察と理解と伝達について、これ以上ないくらいわかりやすく説明されています。図も効果的に活用されています。
 観察ではとにかく現場を知ること、理解は行動して結果を出し、行動と結果をつなぐ理論を確認すること、伝達は具体的なことがらを抽象化し、知識化することがそれぞれポイントとなります。
 言われてみればあたりまえのことですが、これがちゃんとできないときに事故が発生したり、倒産したりするわけで、さすがにこれまで数々の事故現場の調査に立ち会い、人間の失敗を見つめてきた「失敗学」の提唱者だけのことはあります。
 とりわけ、伝達とは伝える側と受け取る側のテンプレートが一致することだという指摘は構造主義的で面白いと思いました。「結果として伝える側と伝えられる側とがほぼ同じ状態になっているかどうかで決まる」(101頁)とあります。
 この考え方は、イデア論をあっさりと乗り越えた感じで、後期ウィトゲンシュタインを理解するときにも助けになる気がします。
 最後の2章は知識の共有化について書かれていますが、こうして個で考え集団で共有し、その共有知をさらに発展させていくことができれば、鬼に金棒です。このあたり、暗黙知という言葉がでてくるからというわけではないのですが、マイクル・ポランニーの思想をもっとクリアで説得的にした感じです。
 著者ご本人は哲学的志向はないようですが、シンプルで刺激的な本でした。

(講談社2008年1200円税別)

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2008年6月24日 (火)

日垣隆『ラクをしないと成果は出ない』

 いつもながら、いいタイトルです。仕事のコツの話です。仕事はただただ缶詰になってがんばればいいってもんではないですからね。一読した後、目次の標題を眺め返すのも一興です。
 たとえば「よくわからなかったら、現場に行って考える」とか、「興味がわいたことは、講演やセミナーに出て、全体像と情報源を一気に押さえる」、あるいは「レファ本の常備は時間を節約する」といったところは膨大な量の情報を処理する著者ならではのコツです。
 また、「加齢とともに遊び時間を増やしてゆく」というのも印象的でした。確かに、くたびれ果てて人生に余裕が感じられないというのは避けたいですね。もっとも、著者のように娘とカジノに行ったりというのはまねできそうにありませんが。
 100の見出しの文章の最後にポイントがまとめてあって、これがまた楽しませてくれます。「棒高跳びのポールで、バトンリレーはできない」というのは、面白いことは30秒で伝えるべしというテーマについてのもので、このあたりのつかず離れずの間合いが、何ともいい感じです。

(大和書房2008年1429円+税)

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山本夏彦『男女の仲』

 18歳の時、畏るべき読書家であった(今もですが)叔母に勧められて読み始めたのが著者のエッセーですから、かれこれ30年以上のファンです。著者の主催する会社の女性社員によるインタビュー集ですが、いつもの夏彦節が、インタビュアーの反応とあいまって、絶好調という感じです。この後ほどなく著者が入院して亡くなられたとは思えません。
 書かれたものとは違って、いろんなことをついでに話してしまうのが、インタビューの面白いところで、今まで読んだことのない新鮮なエピソードも含まれていました。たとえば、「野球」というの言葉は正岡子規がベースボールを翻訳したものですが、本名の「升(のぼる)」にかけて、野(の)・球(ボール)としたことに由来する、とか、「ちはやふるかみよも聞かず竜田川」の古典落語のネタとか、座談の名手これにありという感じです。

(文春新書平成15年860円+税)

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2008年6月21日 (土)

『世界歴史大系 ロシア史1 —9〜17世紀—』

 ハンガリー人の恩師が書いた東欧ロシア史学史の中から、ロシア史学史の部分の翻訳を担当している関係で、ロシア史関係はできるだけ読むようにしています。本書は日本語で読めるロシア史の中でもっとも詳しい本です。執筆者も思う存分遠慮せずに分量を書いている感じで、読み応えもありますが、面白いのでどんどん読めます。随所に「補説」として史学史や資料批判、学説の紹介等に多くのページが割かれているのも助かります。
 それにしても、タタールとの攻防の中から思いっきり侵略国家として自己形成を遂げていくロシアの姿が浮かび上がってきますが、その殺し殺され合いの歴史には壮絶なものがあります。こういう歴史を生き抜いてきたロシア人のDNAは今もしっかり受け継がれています。北方領土なんか、まずもってタダで返してくれることはないでしょうね。

(田中陽兒・倉持俊一和田春樹編、山川出版社1995年5,048円)

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サン=テグジュペリ『星の王子様』

 大学生のとき読んで以来です。当時はピンときませんでしたが、今もやはりよくわかったとは言えない本でした。ただ、これは子どものための本ではないですね。
 ふるさとの星に残してきたバラとの愛憎のもつれに疲れた王子さまは、無事帰還を果たしたのでしょうか。多少は人の心がわかるようになったときには、人はしばしば人生の幕を閉じるという寓話なのかな、と思ってみたりもします。
 また、王子さまを悩ませる美しく気まぐれなバラは祖国フランスの象徴かなという気もしてきます。そして何よりも、語り手である「私」の王子さまに対する友情が、友情というよりは、成就することのない片思いの、痛々しい恋愛感情のように読めるのは、こちらが年とったからでしょうか。
 翻訳者が昔の人なので、今では使われないような表現もあり、翻訳が複数出ているのもうなずけますが、これはこれで味わいがあります。

(内藤濯訳岩波書店1962年)

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2008年6月18日 (水)

橋爪大三郎『政治の教室』

 これはいい本でした。著者はいつも込み入った問題を、きっちりとわかりやすく説明してくれますが、それだけにとどまりません。随所に炯眼が光っています。
 個人的には、古代ギリシアやユダヤ教の政治思想がヨーロッパに与えた影響の大きさがはっきりと書かれていて勉強になりました。政治家の職責は神の代理人としてのそれだったんですね。さすが宗教に造詣の深い著者らしい指摘です。
 また、民主主義では絶対の権力を人民が握っているからこそ、独裁制に転化しやすいという指摘も(87頁)納得のいくものでした。民主主義こそは最も強力な正統性を持っているのであって、だからこそ著者は民主主義を支持しています。あとは人びとの知恵によって、これをどう制御していくかということでしょう。
 これまでの政治学の教科書では制度の羅列はありますが、こうした本質的な指摘は多くなかったように思います。「死票」という発想は間違っているという指摘もそうです。51対49の僅差で決まる方が民主主義が健全に機能しているという見方は正しいと思います。著者曰く「たとえ僅差だろうと、多数になった意見が全体の意志決定となって、たった一つの現実をつくり出す。それが多数決の原理」だからです。現実は比例配分では動きません。
 わが国はムラ社会の掟によって全員一致をはかろうとしますが、官僚や軍隊がムラ社会の掟で動いた結果が悲惨なものになることは、歴史が示すとおりです。日本人の行動原理の章では、荘園を豪族がつくった特殊法人にたとえたりして、税金をごまかす手法がうまく説明されています。日本政治史としてもユニークな記述が光っています。
 最後に「草の根民主主義」としての具体的な政治参加の指針も述べられていて、至れり尽くせりです。それにつけても、著者が後書きにも述べているとおり、わが国はメンタリティーとしては民主主義からかなり遠いところにいるなあと、あらためて実感させられる本でした。

(PHP新書2001年660円税別)

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2008年6月17日 (火)

橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』

 経済というのはモノやカネが循環することにつきるという著者一流の発見があります。これが利潤ばかりを気にするような市場原理に至るまでの状況分析は読み応えがありました。
 今や経世済民の経済ではなくて、人に働かせて投資家が儲けるという嘘のような経済であることは間違いないのですが、著者によれば、処方箋はわれわれが我慢するという姿勢を思い起こすことしかなさそうです。
 ただ、かなり遠回りの論理でありながら、結論的なことはあっさりしすぎているので、え、いいのかなと思ってしまいます。日本経済が破綻し、世界経済が破綻する可能性まで示唆しているところは怖くもあるのですが、何気なく語ってしまうので、読み飛ばしかねません。
 結局、この世をどう生きるかということは、読者の側にボールが投げられます。最後にもうちょっと論理で別世界へと連れて行ってくれることを期待していると、肩すかしにあった感じがします。
 実際、『上司は思いつきでものを言う』のような充実した読後感はありませんし、ひょっとしたら著者にしては珍しく、単純に不調だったのかもしれません。ま、そんなことがあってもいいでしょう。

(集英社新書2005年700円+税)

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2008年6月13日 (金)

久米昭元・長谷川典子『ケースで学ぶ異文化コミュニケーション』

 通信教育部では社会学の他に比較文化論や異文化コミュニケーションを担当しているので、こうした本が出る度に目を通します。本書は実例が抱負で授業に使えそうです。こういう科目はケーススタディが効果的なので助かります。
 ただ、この分野は著者が文化相対主義によって中立公平な解説を書こうとすればするほど、ぬるーい感じになってしまいます。読み物として通読するの正直言って苦痛です。解説というものの限界かもしれませんが、もう少し思想的に深いものがほしいところです。もっとも、この分野の研究者にそれを求めるのは酷かもしれません。
 この手の文化論は哲学者研究者ではない哲学者なら書けるかもしれませんが、現実にはそういう人はわが国にはほとんどいませんしねえ。ま、授業に関しては自分で解説するので、いいということにしておきます。いずれにしても、材料を提供してくれただけでもありがたいことです。

(有斐閣選書2007年1,800円+税)

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伊藤桂一『若き世代に語る日中戦争』

 一兵卒の目から見た日中戦争の現場の様子がよくわかります。あの広い国土と膨大な人口を抱える国と戦争するというのはなるほどこんな感じになるのか、と勉強になりました。ふだん中国人留学生の世話をする身としては、多少想像のつくところがありますが、やっぱり敵に回したくない相手ですね。
 元一兵卒というのは一番苦労した人たちですもんね。戦場というものが単なる善玉悪玉の二分論では片付かない複雑なところだということがよくわかります。将校以上の連中とは基本的に見方が違うようです。いずれにしても、家宝にしたい貴重な記録です。広く読まれてほしい本です。

(文春新書2007年710円+税)

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2008年6月11日 (水)

『昭和陸海軍の失敗―彼らはなぜ国家を破滅の縁に追いやったのか』

 答えは簡単。単なる試験秀才のお役人に過ぎなかったからです。すでに実戦経験のない軍人もどきの官僚になってしまっていたからです。しかし、組織が硬直すると、実は試験秀才でなくても、莫迦なことを次々とやり始めます。ひたすら情報を自分で囲い込み、利権の確保と組織内政治にうつつを抜かすというのは、官僚化した組織に共通しています。
 エリートだけからなる組織も鼻持ちなりませんが、そうでないところは、今度は妙な学歴コンプレックスが渦を巻いていて、独特の嫌がらせが生じてきます。官僚化した人間はみんな莫迦だという点では共通していますが、どこにいても常識のある人ほどやりきれなくなることでしょう。
 しかし、一私企業や私立学校ではなく、国家の存亡がかかっている帝国陸海軍にしてそうだったのですから、情けないことこの上ありません。そして、今もこの昭和陸海軍の伝統は、財務省や国土交通省あるいは外務省に見事に受け継がれています。行政改革がうまくいくなんてことは夢のまた夢のような気がしてきます。でもうまくいかなければ、同様の破滅の道を一直線ですね。

(半藤一利、秦郁彦、平間洋一、保坂正康、黒野耐、戸高一成、福田和也諸氏による鼎談、文春新書2007年740円+税)

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2008年6月10日 (火)

三浦しをん『むかしのはなし』

 昔話を下敷きにして、現代から近未来のおはなしが語られます。最初は短編集かと思いましたが、途中から連作になります(実は全部つながっているのかもしれません)。そして、いずれこれらが未来の昔話になって、地球が滅んだ後も宇宙空間を漂うことになるというしくみです。SF的味わいがあります。
 もともと昔話にはぞっとするような残酷さや理不尽さが込められているものですが、このおはなしも例外ではありませんでした。昔読んだ手塚治虫の『ザ・クレーター』だったでしょうか。SFの短編漫画集にこんな味わいがあったように記憶しています。
 元の昔話とそれぞれの短編との微妙な距離感も本作品の魅力になっています。著者らしく芸が細かくてよく考え抜かれています。さすがです。

(幻冬舎文庫平成20年533円+税)

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2008年6月 9日 (月)

日垣隆『方向音痴の研究』

 著者が重度の方向音痴だとは知りませんでした。世界中を飛び回っている人なのに意外です。実は世界中で迷子になってきたそうです。本書はサイエンストークというラジオ番組の対談をもとにした本です。対談相手で知っているのは、全盲の社会学者石川准氏だけでしたが、その他の対談者も面白い人ばかりでした。
 動物行動学の青木清氏によると、アリの脳を調べると視覚から入った情報が地図のように存在していることがわかるとのことです(86頁)。そんなことまでわかるんですね。また、カーナビやデジタル地図開発の裏話はそれぞれにスリリングで興味を惹かれました。
 本書のあとがきで、この5人との対談後、著者の方向音痴が治ったと書かれています。どうやら治療効果のある本のようですので、方向音痴で悩んでいる人は是非読んでみてください。

(ワック株式会社2007年857円+税)

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2008年6月 8日 (日)

谷沢永一『執筆論―私はこうして本を書いてきた』

 著者が今まで書いた本が200冊を超えているとは知りませんでした。うつ病と闘いながら、よくそんなに書けたものです。で、やはりそれだけのことはあって、それぞれの本の目の付け所のよさに感心しました。
 ただ、著者が関西大学出身ということで、学会から徹底的に無視された著作も少なくないこともわかりました。ま、これは国文学会に限らず、ギョーカイならどこでもボスがいて、そのボスザルの意向に沿わなければ、日の目を見ないということなんですが、このボスってのはたいてい学問が好きなのではなく、政治が好きなので、学会のレベルがどんどん下がってしまいます。
 それはともかく、著者がマルクスとレーニンの間の差異に注目しているところはなるほどと思わされました。さすが元コミュニストだけのことはあります。
 実は、19世紀末から20世紀の初頭にかけて、中・東欧のインテリたちの間に実証主義的社会学が流行するのですが、これは、マルクスがインテリを革命運動の主体として認めいなかったこともその大きな理由の一つのようです。
 レーニンによってようやくインテリは革命の陣営に加わることが認められ、その中で立身出世の道を見出していったわけです。そう言えばハンガリーでは若きルカーチがレーニン大好きで、突然共産党に入党したりしていました。
 いずれにしても著者の指摘によって、歴史上の問題についての長年のもやもやが、急に霧が晴れるように消え去りました。感謝です。

(東洋経済新報社2006年1600円+税)

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2008年6月 7日 (土)

三浦しをん『秘密の花園』

 この著者らしく、よくできた小説です。カトリックの女子高が舞台の青春小説ですが、性の問題が大きな主題の一つなので、個人的にはちょっと苦手です。この年頃の自分を振り返ると、田舎の共学県立高校でバスケットボールばっかりしていました。横浜あたりのお嬢様たちの世界とはずいぶん違うなあ、と思いながら、この年頃の登場人物たちのひりひりした感じがよく伝わってくるのには感心させられました。著者はこんな語り口ももっている作家なんですね。
 私としては著者の近作のように、もっとフィクションが前面に出ている方が好みですが、おそらく著者にしてみれば、これはこれで書かずにはいられなかった作品なのでしょう。同じカトリックの女子高の話なら、イギリスの『五月の霜』のほうが安心して読めます。ただ、もちろん、これは文化が違いすぎて、比較するのは変かもしれません。

(新潮文庫平成19年438円税別)

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2008年6月 4日 (水)

日垣隆『子どもが大事!』

 子どもと真剣につきあえるのは15年くらいということをしっかりと見据えながら、著者一家のかなり面白い家族生活を題材に、具体的な子育て論が展開されています。参考になります。章が進むごとに子どもも大きくなっていくという、よく考えられた構成になっています。そして何より愛の感じられる本です。
 本書に出てくるあの酒鬼薔薇少年の母親のエピソードは「やっぱりそんな人だったのか」という感じを抱きますが、「他者に対する無反省と開き直りぶりが、子にまっとうな影響を与えるはずがない」(143頁)という指摘はもっともです。
 数多くの少年事件を取材してきた著者ですが「普段は良識ある親としてふるまっていても、いざ少年事件が起きると、それがたとえ殺人であっても、加害者側のたいていの親が居直る」(143ー144頁)そうです。そんな親にだけはなりたくないですね。

(信濃毎日新聞社1998年1400円+税)

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2008年6月 3日 (火)

まついなつき『どうすればほめてもらえるの?』

 労働と仕事と自己実現と自立という4つの概念を組み合わせて職業を独自に分類し、専業主婦、フリーター、会社員、ひきこもりといった、現在の自分自身に満足できない人びとの心の中のもやもやを説明し、勇気づけてくれる本です。
 仕事と労働と自己実現の三つの割合を自分で決められる人が自立しているのだという指摘(84頁)は説得力があります。なお、それぞれの悩みに対する具体的で有益な処方箋が書かれてもいます。
 とりわけ最後の「ひきこもり」についての分析が、ひきこもりさせてしまう側からの視点からもうまくとらえられていると思ったら、彼女の離婚した夫のことだったのかとわかって、ついでにこの本が書かれなければならなかったわけについても、ピンと来るところがありました。そっか、やっぱ大変だったんだ。
 それはともかく、見方を変えて一歩踏み出してみると、世の中そうそう悲観するばかりじゃないよってのは、いいメッセージです。そして、人からほめられ、認められることがないとね・・・。やっぱり愛が大事なのです。 

(現代書林2003年1,200円税別)

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2008年6月 2日 (月)

岩波明『うつ病―まだ語られていない真実』

 先日、学生寮の規則を守らない中国人留学生が、「自分はうつ病だから・・・」と言い訳していましたが、今朝もニコニコ笑いながら大学のバスに乗ってきました。健康そのものにしか見えませんでしたが、この際、うつ病に関する知識を仕入れておこうと思って、以前買っておいた本を読んでみました。
 うつ病についての正確な知識とその対処法がきっちりと書かれています。実は大戦間期のハンガリーの知識人がやたらと自殺しているのが以前から気になっていたのですが、その多くはひょっとしたらうつ病だったのかも、という気がしてきました。
 ヘミングウェイのエピソードから始まり、ビビアン・リーのそれで終わるのですが、悲しすぎますね。著者が言うとおり、うつ病は死を招き寄せる恐ろしい病気ですが、適切な治療を施せば何とかなりそうです。薬も適切な処方に基づけば、マスコミで報じられるような問題はなさそうです。
 ところで、本書の後半に、わが国が失業率が低いのに自殺率が高いのは「失業という事態が単に経済的な問題だけでなく、心理的に大きなダメージをもたらすことを示唆している」(206頁)という指摘は新鮮でした。
 さらに、著者によれば、日本人は「多くの場合、大部分の勤労者にとって、飢えや貧しさへの恐怖というのが、労働に対する一番大きな要因だった。さらにきちんと人並みに働かなければ、社会からつまはじきにされ、社会の落伍者とされてしまうという恐怖感が、人びとを動かしていた」(212頁)とあります。
 こういう指摘は、臨床で多くの患者さんと接してきた著者ならではのものだと思います。著者は、うつ病に関して誤解を招くようないい加減な本があふれていることを憂いていますが、そう言うだけのことはあって、全体に浮ついたところのないきっちりした記述が光っています。

(筑摩新書2007年720円+税)

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