池田清彦『新しい生物学の教科書』
現行の生物学の教科書をダシにしながら、著者の生物学が語られます。それにしても現行の教科書の木で鼻をくくったような文章というのは、どうにかならないですかね。ま、だからこそこうしたユニークな本が登場する余地もあるのですが、高校生以下の生徒たちはいい迷惑です。生物が好きになるきっかけは少なくとも教科書からは得られません。
本書ではまず、遺伝現象と遺伝子の伝達現象とはまったくレベルが違う話だということが強調されます。つまり、「真に遺伝されるものは細胞、真に遺伝されることは生きている形式(生命システム)である。このシステムはDNAの情報を解釈して個体をつくり形質を発現させる。DNAは遺伝されるものの一部でしかなく、DNAが担う情報は遺伝されることの一部にすぎない」(40頁)ということなのです。
だから、遺伝現象がすべて遺伝子に還元できるかのような記述は明らかに間違いだと著者は言います。また、その点で、最も大きな遺伝的変異はシステム事態の変化ということになるのですが、そのメカニズムはまだ解明されていないし(47頁)、DNAと形質(生物、生命)とを結ぶ論理はいまだにヤブの中である(295頁)と言います。
今日、専門家までがテキトーなことを言っていることも少なくないように思いますが、そうしたことが正確に指摘されているのは重要です。実は専門家こそは、狭い世界での思い込み(パラダイム)によって、自分の職域を守ろうとしている珍生物かもしれません。
実際、生物学を履修しないまま医学部に進学できた時期もあるのですから、専門家といって安心していると学園祭で変なクレープを食べさせられたりするかもしれません。
本書では、教科書でまったく触れられていない寿命や老化、癌といった問題もしっかり扱われていて、こんな教科書だったら生物学にも興味が出てくるなあ、という気にさせられます。
(新潮文庫平成16年514円+税)

