アラン『小さな哲学史』
アランは大変鋭い人ですが、書き方がおしゃれというか乱暴というか、鋭い指摘だなと思っていると、話題がぽーんと飛んでしまい、ついて行くのが大変です。断章を続けて書いているようなところがあり、論理を一つずつ詰めていく体質ではないようです。あんまり顧客サービスというか、読者サービスを考えないところは、いかにもフランス人らしい気がします。
フランスの哲学者は詩人並みの市民権があるらしく、このスタイルでも十分やっていけます。訳のわからないことを言う詩人や変わり者の詩人がいるのと同じように、哲学者も存在することができるようです。この文化的風土の中で難解で微妙な真理を追究できるのは、哲学的には恵まれていると言えるかもしれません。
例えば次のような表現が可能になります。
「神の思惟はけっして真理に従属してはならず、むしろ神の自由な判断によってこそいっさいの真理は真理となるのだと考えねばならない。ここで、デカルトは心の探求へと向かう広大な道を切り拓き、『哲学』を『神学』からときはなった。デカルトの神は対象としての神ではなく、主体なのである」(65-66頁)
このエッセーの語り口による見事な断定はパスカル以来の伝統かもしれませんが、読者は結構大変です。いろいろと考えさせられるのは確かですが、著者の信奉者にならないと本当には理解できないのではないかというプレッシャーを与えられるスタイルだからです。いちいちこれはどうなっていると聞くと怒られそうな気がします。
思うに、フランスのインテリは精神的には貴族なんでしょうね。ちょっと憂鬱で本当は自身がないタイプなのではないでしょうか。スタイルで自分を守ろうとしているように見えます。ポストモダンの思想家たちもこの伝統は受け継いでいるのかもしれません。
この点では英米の著作家のスタイルの方が民主的で図太くて、楽天家が多いような気がします。もっとも、知的な支配関係というか、師弟関係の中にいる方が、より深い哲学的認識に到達しうるという事実も否定できないので、ま、結局は好みの問題でしょうね。
なお、この哲学史は古代ギリシャから始まりながら、最後にA・コントを取り上げています。意外な気がしますが、マルクス批判を潜ませていると思って読むと腑に落ちる部分もあります。
コントの箇所ではさらに、複雑系やカオスに連なる問題意識も窺われて、やっぱりアランはただ者ではなかったと気づかされる次第です。読み込み過ぎかもしれませんが、著者は深読みされることを期待して書いているので、素直に付き合うと、そうなってしまいます。
というわけで、私も結局アランの術中にはめられてしまったようです。
それにしても、みすず書房の本はいつも割高ですね。もっとも、部数を考えると仕方ないのかもしれません。
(橋本由美子訳、みすず書房、2008年2800円+税)
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