ひろさちや『やまと教 日本人の民族宗教』
日本人には縄文時代以来の民衆宗教としての神道があり、これを著者は「やまと教」と名付けています。この「やまと教」を著者は為政者のための国家神道とは明確に区別しています。そうすることで日本人古来の民族宗教の姿が浮かび上がってきます。
私は以前このことについては「無宗教」という一種の宗教だろうと考えていましたが、なるほどもっとはっきりと民族宗教としてとらえることができるのですね。村の鎮守様の意味が本書ではじめて明確にわかりました。人は死んですぐはホトケ(荒御霊)になり、2年くらいしたらカミになって産土神(うぶすながみ)として鎮守の社に祭られます。村の鎮守の神様というのはその村で生まれて死んだ人の集合霊なのだそうです(130頁)。なるほど。
それにしても今まで著者は仏教の専門家だと思っていましたが、「仏教そのものはやまと教化されてしまった」とみています。著者自身も「このように結論するのはとても残念なことです。残念ではありますが、やはりそう言わざるを得ません。あきらめることにします」(138頁)とあります。著者がここまで言うだけのことはあり、議論はかえって深い説得力を持っています。
やまと教の教義は「やさしさ」と「まこと」と「ともに生きる」ことで、その頭文字の語呂はうまく合っています。ここには昔ながらの人びとの知性と生き方がうまく表現されていて、かといって反権力的にクサくもならず、なかなか素敵です。本書がきっかけとなって多くの人びとが古来の宗教意識に目覚めてくれたら、ずいぶん呼吸のしやすい世の中になるように思います。自殺率なんかずっと減るんじゃないでしょうか。
(新潮選書2008年1100円+税)
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