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2008年12月 7日 (日)

フランク・ティボル『ハンガリー西洋幻想の罠―戦間期の親英米派と領土問題』

 外国人というものをわれわれは妙な思い込みからしばしば誤解し、同国人の評価とはかなり異なって、異様なほどに高く評価してみたり、反対に低く評価してみたりすることがあります。
 日本の業界では誰が見ても目立ちたがり屋で大きな態度が鼻につく嫌われ者が、異国ではいっぱしの人格者のように思われたりするなんて、外人に対しては突然品のいい英語を話し出すO橋G泉みたいですが、いろいろな劣等または優等複合意識なんかがあるのでしょう。結構そんな人はいるものです。
 そういえば、外国人ではなくて体育会系部活動なんかでも、やたらと先輩に気に入られるだけで、同輩からは冷ややかに見られている奴とか、いたでしょ? 将来体育の教員になった指導者になることを目指していたので、ある意味大人だったのかもしれませんが、自分の出世だけしか頭にないサラリーマンみたいではありました。やだね。今思い出しても虫酸が走ります。
 それはともかく、一般に外国人を理想的な人物だと買いかぶることで、自分も何だかえらくなった気がするのでしょうし、買いかぶられたほうも気を悪くはしないでしょう。そうした相互作用がまた新たな喜劇的状況を生み出すことが、人間くさい外交の場で起こってくることは当然予想がつきます。また、逆に相手国に対していかに自国の良いイメージを植え付けるかということが外交戦略の重要テーマにもなってくるわけです。

 本書はハンガリー史の個別研究ですが、そうした異文化に対するイメージが形成され、変容していく歴史が(それもかなりグロテスクに)描かれています。
 第1次世界大戦後ルーマニアのイメージ戦略に後れをとったハンガリーは領土がそれまでの3分の1になってしまいますが、失地回復のためにハンガリー史についての英語版雑誌を作って英米に対して働きかけようとします。Hungarian Quatery がそんな雑誌だったとははじめて知りました。勉強になります。
 本書の扱う時代と対象は専門的ですが、テーマは普遍的です。著者は在ハンガリーアメリカ公使モンゴメリーの「対話集」や書簡、日記などの資料をうまく使って、同時代の人びとの姿を見事に描き出しています。ちなみに、本書の翻訳文は読みやすいので、ハンガリー史に詳しくない読者でも取っつきやすいと思います。

(寺尾信昭編訳、彩流社2008年2500円+税)

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