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2009年1月30日 (金)

髙山正之『変見自在 ジョージ・ブッシュが日本を救った』

 本書にも驚かされっぱなしでした。イギリスがセポイの反乱の収拾に用いたダムダム弾の残酷さや、アメリカでの原爆の評価は欧米人の価値観を象徴的に表しています。世界は悪人だらけなのに、話せばわかる善人ばかりと信じているのが朝日岩波のインテリたちで、あんまり冗談が過ぎるので、最近は長年の読者ですらだんだん眉につばつけるようになってきています。
 本書はそのあたりのマスコミの嘘をえぐるように暴き出しているので、朝日岩波社内の守旧勢力からはおそらく蛇蝎のように嫌われていることでしょう。しかし、金正日がアメリカの辣腕弁護士バリー・フィッシャーを平壌に呼んだということを最も恐れているのが朝日新聞だというのは確かなことで、そのあたりの落とし前をつける気はやはりないでしょうね。でも、いくら苦しい弁解で取り繕っても、9万人の帰国者たちはまだ相当数が生き残っています。賠償請求が来たときには逃れられないでしょう。
 インチキなインテリ連中も後藤とか古田とか実名で登場するので便利です。学者生命を犠牲にして数字をでっち上げてまでして新聞社に忠誠を尽くさなくてもと思いますが、彼らはすでに狂信の域に達しているようです。動機は結構世俗的なだったりもしますが。
 ところで、韓国が食わせ者の金大中政権当時、核兵器開発を目的としたウラン濃縮およびぷるとにうむ抽出実験をやっていたというニュースを朝日がうろたえながら伝えていたのも笑えますが、社内はきっと大真面目だったはずです。
 本署の凝縮された記述の中で、個人的にはゾロアスター教の聖典アベスタの紹介に興味を覚えました。善悪二神論といえばマニ教もそうでしたが、ゾロアスター教はもっと古いのでしたね。処女か痛いからメシアが誕生し、1000年王国が栄え、最後の審判があるというのは確かに原型として要素をすべて備えているようです。そして、その善悪二神論の枠組みを無理やり一神教にしたとき起きてくる矛盾は確かに聖書の中にも見出せます。ヨブ記や悪魔の記述はそうですね。山本七平が晩年に書いた小林秀雄論で、このことについてほのめかしていて気にはなっていたのですが、いずれ改めて自分で調べてみます。

(新潮社2008年1400円税別)

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2009年1月29日 (木)

髙山正之『変見自在 スーチー女史は善人か』

 なるほどそうだったのか、と腑に落ちることが沢山書かれています。山本夏彦が亡くなり、池田晶子も亡くなったため、コンビニで週刊新潮を立ち読みする習慣もなくなって久しかったのですが、こんな連載があったとはねー。根強いファンがいるのもうなずけます。
 著者は国際情勢のややこしい話も連載枠の限られた枚数の中で手際よくまとめてくれていますので、ミャンマーやベトナム、カンボジア、中国、中東の紛争地域などの歴史のポイントがすんなり呑み込めます。このあたりの手際のよさはさすがジャーナリストです。沢山本を読んでも学者みたいにひけらかさずに、短い表現に凝縮してまとめてしまう姿勢が爽やかです。
 それにしても、アメリカの議会での公聴会報告書なども読みこなす語学力は半端ではありません。その広い情報源に、実際に著者が取材で拾い集めた驚くべき話も加わって、説得力が倍増します。以下に数字だけでも驚かされた例を少し挙げてみます。

・第二次大戦時にアメリカ軍はフランスで1万2千人の命を失っている。
・マッカーサーは戦後の脱脂粉乳代として5億ドルを取り立てた。
・朝鮮戦争でのアメリカ軍の支社は5万4千人。
・文科省の元役人をトップに据えた公益法人「日本学会事務センター」は設立後ただちに自社ビル建設をはじめ10億円をつぎ込み、負債16億円で破産してしまった。責任は不問。
天下り理事長の退職金もそのまま支給。
・中国のHIV患者は84万人。日本は1万2千人。
・オランダはインドネシアの独立運動の際に80万人を殺し、インフラの引渡し代償として60億ドルを請求した。スカルノはそれを呑んだ。
・作家のアンドレ・マルローはカンボジアから観音像とレリーフを持ち出し、ニューヨークに送って5万ドルで売り飛ばすつもりだった(が、捕まった)。
・アメリカでは妻を暴力沙汰で病院送りにしたケースが年間400万件あり、殺された妻が年間3千600人にのぼる。また、殺される手前で反撃して逆に夫を殺すケースが年間500件ある。
・黒死病がヨーロッパで流行ったとき、ドイツでは「ユダヤ人が毒をまいた」という噂が立って、マインツで1万2千人が焼き殺されたほか、各地で虐殺が行なわれた。
・オーストラリアにいた600万人のアボリジニは虐殺された結果、現在30万人が生き残っている。
・ホメイニ時代のイランでは、女性は化粧が濃いというだけで10回から20回の鞭打ちの刑を受けていた。
・ペルーのセンデロ・ルミノソはフジモリ氏に滅ぼされるまで3万人を殺し、600人の子供を誘拐していた。
・インドではこの20年間続けて女児の出生率が男児より10%以上も下回っている。(少なくとも毎年50万人の女児が堕胎されている。)

 とまあ、ちょっと挙げ過ぎたかもしれませんが、へぇーって感じでしょう。こうした数字だけでも踏まえて国際ニュースを見ると、理解の仕方も変わってくると思います。
 朝日岩波とその提灯持ち知識人は昔から外国を理想化し、わが国を侮蔑することしばしですが、このコラムの読者のほうが、この世に天国はないということを承知していることでしょう。そして、提灯持ち知識人の胡散臭さもしっかりわかっていると思います。
 ジャーナリスト畏るべしです。

(新潮社2008年1400円+税別)

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2009年1月27日 (火)

小田垣雅也『友あり 二重性の神学をめぐって』

 知り合いのとある編集者からいただいた本です。ありがたいことです。だからというわけではありませんが、著者の人柄のよさががにじみ出てくるような本です。読んでいくと著者がもう50年も難聴と鬱に苦しみ、癌の手術も受けたりと、かなり不自由な老年を暮らしていることがわかります。本書は日曜ごとの自宅での集会における説教を基に書かれたものですが、著者の日々の思索と気づきがきっちりと積み重なって、静かな落ち着きをたたえた味わいとなっています。
 著者の言う二重性とは人間が生と死をはじめとする数々の矛盾の中に生きる存在だということと、それを迷いながらもそのまま受け入れて生きていく心構えのことのようです。弁証法的な思索ですが、ヘーゲルではなくパウロのそれに近いと思います。パウロの「私は弱いときにこそ強い」という言葉は「弱さの強さ」につながる思想のおおもとでもあったことを本書によって教えられました。
 この二重性は次の様にも説明されます。
「人間は個であって全体ではないし、生きているのは永遠にくらべれば一瞬であろう。個には全体は見えないし、瞬間も永遠を測ることはできない。だから私たちは個や瞬間を大事に生きるほかはない。しかしこのことは、逆に言えば、人間が全体や永遠という、自分にとってもっとも基盤となるものを垣間見るのは、個や一瞬のなか以外にはないということだ。個や瞬間があるから全体や永遠もある。逆も真である。個や一瞬と二重性的に全体や永遠を理解するのである」(251-252頁)
 こういう考え方は日本人的には自然に理解できるところがあると思います。外国人のほうがこれを学んでくれると、ストレートに戦闘的な今日の世界は多少なりとも平和になる気がします。それにしても、比較文化論の授業でキリスト教のことを解説していても感じるのですが、キリスト教が文明史的に引き起こしてきた問題は、その解決のヒントもまたキリスト教の中にあるので、キリスト者こそキリストを常に虚心坦懐に学ぶべきなんでしょうね。
 著者も自分を徹底的に見つめて、その矛盾を克服するというよりは、それと共存しようとしているようです。これはいい考えです。重荷をたくさんしょっていたとしても、生きていくのが楽になる思想です。

(日本出版政策センター2007年1429円+税)

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2009年1月24日 (土)

立川談春『赤めだか』

 いい本です。立川談志の家で買ってきた金魚がなかなか大きくならないので、「こいつは金魚じゃねえや、赤いめだかだ」というところから書名がとられています。もちろん金魚ではなくて、なかなか一人前にならない弟子たちと師匠の、可笑しいようなぞっとするような、そしてジーンとくる話が見事な文章で綴られています。いい話が満載です。そして、文章めちゃウマです。噺家だけにツボを心得ているのかもしれませんが、この描写力は作家顔負けです。
 談春といっても実は落語は聴いたことがないのですが、立川ボーイズの片割れと言われてみると、少し記憶に残っています。CDが出ているようなので、いずれ落語も聴いてみます。
 それにしても、芸能の世界の師弟関係はすごいですね。談志の場合はほとんど内弟子をとらないので、みんな何らかの形で糊口をしのぎながら師匠の世話をし、前座をつとめるというハードワークをこなしています。談春は高校中退で新聞配達をしながら入門し、魚河岸でも修行だということで1年働いたりしていました。
 談志が天才でかなりの変人だということもわかりますが、その師匠に惹かれて入門する弟子たちも相当なものです。兄弟子も弟弟子たちの変人ぶりも活写されています。そして、そこにはしっかり愛が存在しています。こうした師弟関係は今後の日本からはどんどんなくなっていくことでしょうから、そう遠くない将来に本書は民俗学的資料としての価値も持つことになるかもしれません。
 それはともかく、本書がよく売れているのも当然という気がします。帯に高田文夫が「直木賞でももらっとけ」という彼らしい言葉を寄せていますが、本当にそう思います。

(扶桑社2008年1333円+税)

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2009年1月22日 (木)

里見弴『文章の話』

 「文は人なり」ということを実にたくみにわかりやすく述べた名著です。子ども向けに書かれた本ですが、内容は年齢を問いません。高度です。子どもを見くびっていません。
 「文章は誰にでも書けるが、えらくならないかぎり、いい文章は書けない」(217頁)と言って、その主眼は善い生き方をする点に置いています。「えらい」というのはもちろん立身出世ではありません。文章読本は人生読本でもあるというところが、そのとおりですが、その間にある事情はと思想が見事に表現されています。
 面白いのは「自分で自分につくうそ」(77頁)によって始末の悪い馬鹿になるというところで、そうした馬鹿はずいぶん立身出世をしている者も多いのですが、「ただ。情けないことには、永もちがしません。その身一代、死ぬまで、どうやら持ちこたえさせた者はあるでしょうけれど、棺に蓋をしたあと、年々歳々、だんだん箔がはげ、生地を現して来る、―そんな例は、歴史の時間に、少し注意して聞いていれば、いくらでもみつかるでしょう」(同頁)。
 軍人が威張っていた当時も、官僚がひそかに大衆を見下している今も同じですね。棺に入る前にばれ始める人も少なくありません。見る人が見れば、わかっているんですが、大学の先生になったりすると、笑えるくらい威張る人も出てきます。ま、そもそも威張る人はその時点ですでにダメです。こうなると周囲の人に自分の馬鹿さを堂々とお披露目していることになりますが、気がつかないのは本人だけのようです。そういえば、この種の人は、ときには夫婦そろって馬鹿と言うこともありますね。
 この点で著者の文章は威張る感じも厭味な感じもなくて、しかし、言いたいことを言いえて妙です。文は人なりを地で行っているところがあります。このような文章こそ実は哲学に向いているのではないかと思います。

 ところで、その昔、里見弴は友人の志賀直哉と二人で島根県の松江にしばらく逗留し自炊生活をしていたことがあります。そのときの様子を書いた随筆が国語の教科書に載っていたのが思い出されます。金盥を鍋代わりにしてすき焼きを作ったが、翌朝顔を洗おうとしたとき初めて汚いなあと思ったとか、印象に残る描写がありました。あれはどちらの作家の文章だったんでしょうか。
 当時私は松江の高校に通っていたのですが、担任の国語の先生から、当時宍道湖に浮かぶ小島で相撲を取って遊んだりしていたこの二人の作家が、怪しい二人組につき用心するようにと地方紙に紹介されたという地元ならではの話を聞かされました。
 懐かしい思い出です。先生もお元気のようです。いずれ同窓会にも顔を出すつもりです。

(岩波文庫1993年520円)

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2009年1月21日 (水)

中川久定編『林達夫評論集』

 いろんな本をたくさん読んで、その中の微妙な通奏低音を聞き分けては、ユニークな解釈を打ち出すのが著者の手法で、その鮮やかな手並みはなかなか真似のできるものではありません。書物の鑑識眼が鋭く、ケネス・バークやホッケ、バフチンといった才能あふれる書き手を「知識人なら当然読みこなす本でしょ」という感じでわが国に紹介したおそらく最初の人です。一種の読書指南役として重宝された側面もあったと思います。
 著者のこの鮮やかな語り口が多くの人々を魅了したことは事実で、私の先生もその一人でしたが、実は私は肌に合いません。不肖の弟子たるゆえんです。なぜなのかといろいろと考えてみるに、著者のお勉強ぶりは見事で学ぶべきだと思うのですが、書き方にストレートさがないのが気になるのです。これはどこか本人の性格の弱さをあらわしているのではないでしょうか。西洋思想の深いところにまで降りていけないような気がします。知性の演劇的構造についてもセンスのいいことが述べられていますが、ただ、本当の舞台に足繁く通って考察したというわけではないという気がします。
 驚いたのは「規模こそ小さいけれど我々思想家もまた・・・」(174頁)という表現で、これでも本人は思想家のつもりだったんですね。優秀な文芸批評家ならともかく、思想家を自認するなら、もっと自身の文体で考えるところがないとまずいんじゃないかというのが正直な感想です。「戦略」ということにもこだわってのこの語り口でしょうが、そんなにすべてを見通せると思っているような人は、思想家ではなくて戦略家でしょう。それでいて自分の仕掛けた罠にはまっています。
 このあいだ読んだ新渡戸稲造やあるいは内村鑑三なんかは、本人としてはほとんど何の戦略も弄せずして、驚くべき思想を述べます。その語り口はこちらも身を正さなければという気になるくらいストレートです。
 林達夫が言っていることには教えられることも多く、勉強になsうりまし、今の60歳以上の知識人の多くが影響を受けたこともよくわかりますが、個人的にはこの語り口の違和感だけはいかんともしがたいものがあります。

(岩波文庫1982年570円税込)

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2009年1月14日 (水)

鈴木範久編『新渡戸稲造論集』

 この連休で、ようやく本の原稿を脱稿しました。普段研修日にも授業や事務仕事で出勤するので、連休はありがたいです。昔専門学校に勤めていたときのほうが、はっきり言って時間がありました。ほんとに名ばかり短大教員です。まだ翻訳の仕事が残っていますが、いずれにしてもこれで電車の中の仕事が一段落しましたので、多少本が読めると思います。

 さて本書は飾り気のないざっくばらんな書き方ですが、ヨーロッパの根本的な思想と歴史がしっかり把握されていて啓発されます。親しみやすい語り口ですが、内容は決して軽薄ではありません。ときにはっとさせられます。
 特に面白かったのは、イギリス人は自由を人生や生活と経理はなせないものと捉えているのに対して、これを輸入したフランス人は自由の活用法をほとんど知らないと述べているところです。
 「英吉利ではこれはライフであるから、人生の木は常に緑なり、自由というものも緑の木の如く栄えて生き生きしている。仏蘭西は説だけ持って来て、ライフそのものを忘れて来た。仏蘭西革命において、かのマダム・ローランドがギロチンの上から叫んだように、ああ自由よ自由よ、汝の名において、幾何の血が流れたであろうか、といって嘆かしめた。そのはずである。ライフとセオリーとをまだ消化し切れなかったのである」(231頁)。
 なんとなく自由といえばフランス革命以来フランスの専売特許みたいに思われがちですが、これがイギリスからの輸入思想だったということは、言われてみればそのとおりです。フランス革命の100年以上前から自由をめぐって争ってきたのがイギリス人ですもんね。そして、輸入思想が簡単には身につかないことは、わが国だけの話ではないようです。確かに昔行ったときに感じたのですが、パリよりロンドンのほうが自由な雰囲気を感じたのも、そのあたりに淵源があったのかもしれません。
 他にも鋭い指摘がたくさんあります。実感としてこんなにいろいろなことが分かっていて、さらりと語ることができる人は当時もそうだったでしょうが、今の知識人でもほとんどいないのではないかと思います。

(岩波文庫2007年800円+税)

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2009年1月 8日 (木)

渡部昇一『生きがい』

 年末年始と仕事に追われてなかなか更新できませんでしたが、何とか一段落といったところです。しばしば電車の中でこの原稿を書いているのですが、他の締め切りに追われると、どうしても滞りがちになります。
 本を読むのも原稿を書くのも往復4時間の通勤電車の中なので、休みが続くとこれまた更新が滞るという具合です。本当は個室の研究室にこもってこういう作業ができるような環境だといいのですが、まあ、教務事務に日々明け暮れる「名ばかり教員」なので、これについてはあきらめています。
 しかし、何はともあれ無事年も明け、冬休みも終わりましたので、これからぼちぼち更新していきます。
 さて、本書ですが、1972年の本で、講談社の学術文庫版でも出されていた『「人間らしさ」の構造』の改題版でした。私は18歳のときにこれを読んだ記憶がありますから、ずいぶん久しぶりです。その後ずいぶん著者の本を読みましたが、今にして思えば本書は著者が後の著書で展開したさまざまなメッセージがいろいろと凝縮されて入っています。ちょっと間違うと優生学的な議論になりそうな危なっかしい議論がところどころ登場します。危なっかしいではすまなかった大西巨人との議論が思い起こされます。フェミニズムからの突っ込みどころも満載でしょうけれど、その筋の人はほとんどあきれて相手にしていないのかもしれません。
 この点で、ドイツ文化の影響を受けた人がばしば人種や優生学を理由にしたとんでもないことを口走るような気がするのは、私の思い込みかもしれませんが、どうでしょうか。
 本書では自分の内面の声に耳を傾けて、周りの世界に左右されない創造的な人生を送る方法と助言、そしてさまざまな先人のエピソードが満載です。何せ古今東西の本を読み漁っている人ですから、それはそれとしてなかなか興味深い話がありました。
 その中でも、自分の内面の価値基準に従って人生を送る人にとっては、性格の構造がデモクラティックになるというのは、面白い指摘だと思いました。著者は近代的デモクラシーがイギリスのジェントルマンを中心に発達してきたという史実を指摘していますが、なるほどそういう見方にも一理ありそうです。

(ワック株式会社2004年905円+税)

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