保坂弘司『大鏡 全現代語訳』
今週はこの本にかかりきりでした。付録の家系図を見ながら読み進めるのは時間がかかりましたが、実に面白い本です。権力をめぐるさまざまな人びとの立ち居振る舞いは、当時も今もおそらく何も変わっていないようです。各官庁における事務次官ポストをめぐる争いなんか、これと同じではないでしょうか。ただ、当時は和歌を詠んだりするところが風流で、美意識の点で独特だったことがわかります。美意識が道徳と権力の裏づけになっているところがあるのが面白いと思います。
今の官僚は醜いばかりで、それが麻生首相の言う「下々の皆様」にもいきわたってしまって、民間の会社であっても権力的になればなるほど官僚的で醜くなってしまいます。ひとたび特権階級に上ったと思うと、人はその傲慢さが顔つきにはっきりと表れるのを、気がついていないのは本人ばかりというありさまです。これって、周囲にはバレてるんですけどね。
そういえば、私の入学した小学校の同級生で、東大法学部を卒業し某省のエリートコースを邁進中のT君は、実に綺麗な顔立ちの少年でしたが、ひょっとして事務次官になってテレビでお顔を拝見するようなことがあるかもしれません。当時の美少年はどんな感じになっているのでしょう。見たくないような見たいような気分です。
こうした事務次官レースで敗れた人は、当時の貴族のように悔しさのあまり、指が手のひらを突き破って甲に出てしまうほどの思いをしているのでしょうか。それともその精神的代償を求めるかのように「渡り」を繰り返しているのでしょうか。
藤原氏では特に道長の兄弟たちは美形揃いだったようで、本人も光源氏のモデルとされるだけのことはあったのでしょう。終始礼賛されています。ただ、美しく賢く人望があって強運の持ち主ということで絶賛すればするほど、作者は本当は褒め殺ししているのではないかとも感じられてきます。兄弟たちがバタバタと亡くなって棚ボタのように道長が権力を手中に収めるというのは、毒殺でもしたのではないかとつい勘繰ってしまいます。そして、読者にそう思わせることが作者の真の狙いだったりすることはないでしょうか。
源氏物語に出てくる権力闘争も、史実に題材をとったものが少なくなかったことが、この大鏡を読んでよくわかりました。今度は権力闘争という視点から、源氏物語全巻通読にチャレンジしたいものです。
(講談社学術文庫1981年1500円税別)
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