小田垣雅也『キリスト教の歴史』
見事な通史です。思想史中心ですが、歴史的なポイントももれなく書いてあり、コンパクトな本ながら事典としても使えます。だからといって、単なる網羅的な歴史年表ではなく、著者のキリスト教間がしっかり反映された個性的な本でもあります。
特に、啓蒙主義以降の神学的思考はすべて無神論的だという指摘は大胆ですが、うまく的を射ていると思います。神と人という二元論的思考は、どうしても人間本意的となり無神論的とならざるをえない(183頁)という考え方はシェーファーなどとも共通していて、個人的にはしっくりくるところがあります。
また、ギリシャ正教がこうした「ヨーロッパ的構図とは別の枠組みでヨーロッパ近代主義を批判し、それによってキリスト教に対して一つの示唆を与え、さらに東洋思想との対話の可能性すら暗示している」(237頁)という指摘にも共感させられました。東方教会の「一にしてすべて」すなわち「神は唯一であるからこそ多なのである」という神秘主義的理解には惹かれるものを感じます。こちらの方が神との直接的交信が可能になるのかもしれません。東洋的というのもわかる気がします。
それから、カトリック教会が地動説の見直しをしたのが1980年のことで、それにともなうガリレオの名誉回復は1992年だったとは驚きでした。
凝縮された記述のため、必ずしも読みやすくはありませんが、折に触れて読み返したくなる本です。
(講談社学術文庫1995年780円)
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