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2009年3月 3日 (火)

髙山正之『変見自在 サダム・フセインは偉かった』

 朝日を読んでいてよくわからない問題は、週刊新潮連載のこのコラムでストンと腑に落ちることが少なくありません。タイのタクシンが客家華僑だと聞けば一瞬にしてわかるようなことを隠すのは「日中友好」のためではあっても、ジャーナリストの仕事ではありません。幸い、著者には筋金入りのジャーナリスト魂がある上に、大変な勉強家です。学者が足元にも及ばない情報収集・文献処理能力がこのわかりやすいコラムに集約されています。
 ほかにも東チモール情勢やハイチの歴史的事情、アフガニスタンとパキスタンの関係などは記述としては数行ですが、見事に歴史的政治的ポイントが押さえられているので、本当に勉強になります。東チモールとポルトガルやハイチとフランスの関係については改めて教えられました。そうだったのか、なるほど。
 また、明治維新が「上からの革命」だったという説はコミンテルンの指令だったのですね。これはやっぱりという感じですが、歴史科学研究会なんかはきっと今でもこの路線をかたくなに踏襲しているのでしょう。いずれにしても、伊藤博文などの足軽出身政府が武士を馘にして日本に科挙制を導入したことがわが国に災厄をもたらした、という説明は実に説得力があります。
 明治20年に早速出された「官吏服務紀律」にはすでに「十七条にわたって官吏は物を買うな、無賃乗車をするな、威張るな、秘密を漏らすな、たかるなと、武士の時代にはなかった悪行の禁止が並ぶ。『上司も黙認すれば同罪で処断する』とあり、組織的な悪さもあったのだろう」(70頁)とあります。あいつら最初っからこんなだったわけです。今と何も変わっていません。民間の会社も大きくなると官僚化する上に「渡り」もあるので、今や日本中で同じタイプの小賢しい連中があらゆる組織の上の方で跳梁跋扈しています。
 最近はひとえにこの連載目当てにコンビニで週刊新潮を立ち読みするようにしていますが、それでも新刊が出たら買わないではいられないと思います。ほかの本もできるだけ手に入れて読んでおくつもりです。

(新潮社2007年1400円税別)

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