ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』
出勤前に読む本を選んでいて、あ、これまだ読んでなかったかもと思い、とっさに持って行ったところ、読み進めるうちに自分で線を引いた箇所が出てきました。増刷の日付を見ると2005年に購入しているので、そのときに読んでいたようです。まあ、よくこういうことはありますが、今回読み返してみて改めてベーコンが只者でないことがわかりました。
ふつう、思想史的にはベーコンは、アリストテレスの論理学に対抗して新たな帰納法的論理学を立てようとしたとされますが、この帰納法は近代の科学万能主義的信念に基づく単純な実証ではありません。もっと科学の現場から出てくる実践的かつ深遠な思想に支えられています。それはたとえば次のような引用をみても明らかです。
「推論によって立てられた一般命題が新たな成果の発見に役立つことは決してあり得ない。なぜならば自然のもつ精細さは、推論のそれを何倍も越えるものだから。しかし個々的なものから正当に順序立てて抽出された一般命題は、逆に個々的なものを容易に指示し・提示し、したがって諸学を働きあるものにする」(77頁)
そもそもベーコンはこの「自然のもつ精細さ」にただならぬものを感じている人で、それをどのように言っているかというと、
「触知的な物体に含まれていながら、精気の働きは人眼に触れず、人々〔の考察〕を逃れるようになる。また粗大な物体の部分における、より精細な構造転換(実際には微小なものの間の移動であるのに、人々はふつうに変化と呼ぶ)も同様にすべて表に出ない」(91頁)
というようなことで、なーんだ、気がついているじゃないのと言いたくなります。もちろんこの微妙さを感知できるというのは、ベーコンが単純な実証主義的科学主義者ではないことを物語っています。
またそうした人だからこそ、「人間的な事がらや運命が懸けられているかの真実で実質的で生きた公理」の重要さを指摘することができるのだと感じました。この公理をベーコンは「中間的公理」と呼んでいますが、これが社会科学における実践的真理を担保する哲学になっているのは実に面白いと思います。イギリスには先人にこういう人がいるから原理主義的社会科学が流行らないのかもしれません。
ベーコンにこういう思想があったことに今回初めて気づかされました。収穫です。現在構想中の社会学の教科書に、これは是非とも加えなければと思っています。
(桂寿一訳岩波文庫1978年660円+税)
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