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2009年3月20日 (金)

『林達夫著作集1 芸術へのチチェローネ』

 古本屋で著作集全六巻で2,500円だったので、つい買ってしまいました。これからぼちぼち読んでいきます。
 林達夫の文章を読んでいると、戦前の優秀なナンバースクールの学生はきっとしびれたんだろうなと想像されます。とんでもない博識ぶりが読む者を圧倒しますが、著者自身意識的に英独仏伊羅の言語をちりばめたりもして、このような語り口が格好良く見えた時代があったことがわかります。
 1970年代後半あたりまでは大学の先生は学生を知識の点で圧倒的に凌駕しているのが当然だと思われていたためか、文章も漢文表現や外来語が駆使された難解なものが少なくありませんでした。読者はこうした知識人に少しでも追いつくべく難しい表現に挑戦するのがよしとされていたところがあります。(今は中学生にもわかるような文章表現でなければ版元が本を出してくれそうにない雰囲気ですが、それは書き手にとって決して悪いことではありません。)
 このバランスが崩れたのは、1980年代に入ってますます大学生が本を読まなくなったことと、フランス現代思想の流行により、日本語的にあまりにもわからない本が出てきて、それまでの読者層が音を上げ始めたことにあったような気がしています。一方でわかりやすく思想を語る人も出てきていましたから、あえて難解な表現の奥にある(かもしれないし、ないかもしれない)深い思想に思いを寄せる必要がなくなったからかもしれません。
 それはさておき、林達夫のスタイルはかつて明らかに知識人のお手本とされていた時代があったように思います。ここで文章の中に政権政党への批判をそれとなくちりばめると、故加藤周一の文章のようにもなりそうです。ただし、著者の文章からは政治性が徹底して排除されているので、その点では隙が見られません。著者はライフスタイルとしては自然体を心がけ、書くテーマも趣味に徹しているためか、博識ではあっても衒学的ではなく、不思議と厭味な感じはしません。
 この巻で面白いと思ったのは精神史的考察の手法で、百科事典的知識を独特な視点で編集する手際が見事です。この人があの人と同時代で同じ空気を吸っていたのかとか、この時代の流れの中であの不思議な本が書かれたのか、ということが改めてわかって面白いのが精神史です。この点著者の面目躍如たるところがあります。
 たとえば、トマス・モアの『ユートピア』がベーコンの『ニュー・アトランティス』やラブレーの『テレム僧院』へ、さらにモンテーニュやコペルニクス、そしてグーテンベルクへとつながっていく切り口は見事です。「発見と発明の時代」ということで言えば、なるほどこういう見方があるのかと感心させられました。
 もっとも、著者の芸術論には独自の芸術の見方はあまり感じられませんでした。旧制一高生の時に書かれた「歌舞伎に関するある考察」は著者の早熟さを示す見事な論考ですが、演劇論としては凡庸です。著者は歌舞伎にはよく足を運んだそうですが、能にのめり込んでみたり、西洋に足を運んで各国の演劇を観て回ったりするということはその後もあまりなかったようで、演劇センスとしては疑問符が付きます。
 しかし、だからこそ林達夫からも多くを学んだ中村雄二郎や土屋恵一郎のような、本当に演劇が好きで自らも制作に関わったりしていた人たちの出番もあったわけですから、ま、いいのでしょうね。

(平凡社1971年1,000円)

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