『林達夫著作集2 精神史への探求』
玄人好みの渋い才能が光る巻です。第1部の「ルソー」では、ルソーの理論家としての側面を鮮やかに浮かび上がらせていて驚かされました。J・デリダが『グラマトロジーについて』の中で難解な言い方で示していたことが、ここでは明快に説き起こされています。目の付け所は変わりませんが、よりルソーの作品に立ち入って精密に論じられています。これが第二次大戦中に書かれていたことを考えると、偉いものだと思わずにはいられません。
また、デュルケーム学派に始まる宗教の民族学的研究がヨーロッパ的偏見に基づいていたことをはっきりと指摘しているところにも感心させられました。こう述べています。
「私に言わせれば、これらの発言の立場は、例外なく異教的儀礼の遺制のすべてを妖しげな呪術視し、『魔法』を不法なものとして禁止し、そして『魔法使い』を焚刑に処したところの中世から近世にかけてのキリスト教の教会政治的立場と本質的には、ほとんど変わるところがないのである。従ってそれは根本的には異教や『邪信』に敵対し自家宗教を救護するところのいわば護教論的見方であって、自由にして公正な科学的なそれでは決してないと断ぜざるを得ない」(261頁)
と、結構激しい口調ですが、こういうことをスパッと言うことのできない人種が社会学者などと呼ばれているうちは、わが国の学問は輸入業者のつくるギルドの域を出ないでしょう。学会ないしは業界の中で泳いでいると、このような疑問がそもそも浮かんでこないと思います。この点で、著者は文字通り「自由にして公正な、科学的な」見方ができた人です。
ただ、著者のスタイルにはやはりどこか感覚的にしっくり来ないところがあるのも正直なところです。付録の「研究ノート」で林達夫の教え子である哲学者の福田定良が「私は先生にとって縁なき衆生のひとりでしかない」と書いていましたが、その感覚は私にもあります。私も著者のような「学問の人」ではないし、なりえない気がしますので(福田定良のような文章は書けるようになりたいと思いますが)。
それにしても第1巻の付録では中村雄二郎の文章が異彩を放っていましたし、この巻の付録の福田定良のエッセーも秀逸でした。全集の月報みたいな感じですが、これも読むのもまた楽しみです。
(平凡社1971年1,000円)
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