『ノヴム・オルガヌム』にいたく感銘を受けたので、これも再読してみました。以前には明らかに今とは違う関心から読んでいたらしく、今から見ると変なところに線が引いてあります。何だかちょっと小っ恥ずかしいような気もします。何しろ1983年に読んでいるので、この本から得られたことが何だったのかということさえ記憶に残っていませんが、どうやら当時はロッシの『魔術から科学へ』かホッケのマニエリスム論のような本から示唆を受けて本書を読んでいたようです。
本書はベーコンが提唱する学問の大革新の壮大な計画の一部を披露したものです。気宇壮大とはこのことかと思わされます。様々な学問の革新についての傾向と対策が語られていく中でわかってくるのは、ベーコンが帰納法論理学を強調するだけの論理学者ではなく、人間を総合的に考える視点がしっかり定まったユニークな思想家だということです。
ベーコンは机上の論理ではなく、現実の人間のありようを観察し、世界における論理的・合理的にとらえがたい現象の重要性をしっかりとらえています。もっとも、本書はベーコンの計画の中では序章に当たるものなので、個々の論点をしつこく掘り下げてはいませんが、その慧眼にはしばしば驚かされます。ノヴム・オルガヌムにつながる思考の萌芽は十分読み取ることができるので、いつか論文にまとめてみたいと思います。
さて、具体的にベーコンがどんな点に着目しているかというと、感官や情念、身体、発見や判断、徳を表現する想像力、精神を落ち着かせもする愛の作用、自然に学ぶこと、個々の事実から離れることで誤りに陥ること、体系的知識はしばしば見かけ倒しだということなどです。この論点からしても、ベーコンが単なる論理学者ではないことがわかるでしょう。
ベーコンの常識と実践的で経験的な思考を支えているのは聖書の教養です。特にパウロに対する評価が高いのには共感しました。ちなみに仮想敵はアリストテレスに代表される異教徒=ギリシャ的な体系的知識です。ただ、この大変な人を敵に回すだけあって、相当相手のことを読み込んでいます。なお、セネカやキケロ、あるいはカエサルなどは味方につけています。この時代の教養に追いつくのは大変ですが、私もちょっとでもあやかるべくこれから徐々に読んでいないものを減らしていこうと思います。
ところで、ベーコンはシェークスピアと同時代ということですが、この著作もあの戯曲の底流にある世界観と共通する点がある気がします。それは決して奇をてらうようなものではありませんが、当時の人びとのコモンセンスを支えていた当のものです。「リア王」や「ハムレット」あるいは「あらし」の終幕のところで芝居全体を振り返るような時間の流れが感じられるあの箇所です。あの何とも言えない静寂さがいいのです。
それはともかく、ベーコン本人の語り口も当時のスタイルなのでしょうが、結構芝居がかったところがあり、俗説ながらベーコン=シェークスピア説がある理由もわかります。訳文からの想像ですが、この文章はおそらく独特のリズムで綴られているのではないでしょうか。実際、本書は英語で書かれた最初の哲学書ということですし、その文体についての研究書もあるようです。研究書はともかく、本書の原書をひもといて英語原文を眺めるくらいはしてみるつもりです。演劇的知というのがベーコンにこれほど当てはまるとは思いませんでした。
(服部英次郎・多田英次訳岩波文庫1974年500円)