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2009年4月15日 (水)

アラン『幸福論』(白井健三郎訳)

 業界ではシラケンさんと呼ばれている翻訳の名手によるアランです。またあのシラケンさんがあのだれそれの難解な翻訳に取り組まれるそうだ、すごいね、でもちょっと物好きかも、といった感じで噂されているのを聞いたことがあります。
 アランの翻訳の難しさは、文脈の中に伏線のように張り巡らされている論理の絶妙なつながりを発見することだと思います。文法的には一見何の変哲もないストレートな文章の連なりの中に、同じエッセー中で触れた言葉を受けて新たな表現で言い換えられたりするところが多々あるので、不用意に日本語に置き換えると逆説が逆説でなくなったり、反語が反語でなくなったりして悲惨なことになります。
 その点で本書はアランの精妙な論理が日本語で隅々までわかるように訳出されています。さすがです。この点でいずれ通して読むつもりで時々眺めている岩波文庫の神谷幹夫訳よりはるかに優れています。

 それにしても翻訳というのは難しいものです。単に原語がわかるだけでは、必ずしもいい日本語になるとは限りませんし、思い込みの強い研究者だと自分が著者になったようなつもりで意味を取り違えてしまったりします。そもそも日本語に難のある書き手が翻訳者でなくてもたくさんいますから、名訳というのは常に希有な僥倖だということがわかります。
 そもそも、英語みたいに膨大な学習者人口を抱えている言語でさえも、翻訳者としてすぐれている人はそんなに多くないですもんね。逆に、この人の訳ならやめとこうというひとなら結構います。でも東大英文科なんかを出ている翻訳者は教室の優等生のままで結構仕事に恵まれていたりもするから、理不尽だなあと思うことも少なくありません。日本語としてひどい文章がそのまま通ったりするのは、きっと編集者の日本語も怪しくなっているからでしょう。
 ただし、最近はAmazon.comなどで利害関係のない人から容赦のない批判が出たりするので、結構参考になります。内容はいいけれど、翻訳は一つ星なんてのがあります。読者の中にはすごい人がいるのです。変な訳が淘汰されていくとしたら、ネット社会も捨てたものではありません。

(集英社文庫1993年648円+税)

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