青木健『ゾロアスター教』
このところ、Niederhauser『東欧ロシア史学史』の翻訳原稿に文献注をつける作業にかかりきりで、更新が滞っていました。なにしろ数えてみたら担当のロシア史学史の章だけで450以上の膨大な注になったのですから、道理で時間がかかったわけです。
私などは単なる翻訳に過ぎませんが、原著者のような歴史家というのはこういう大変な作業を含めて資料を読み込んでいくわけですから、心底すごいなあと思います。
本書の著者なども、大量の専門文献を収集し、整理し、そして何より読みこなしている人だと思いますが、資料に埋没せず、漠然とした関心のある一般読者に向けてこういう本を出してくれると本当に助かります。
本書はゾロアスター教の全体像が概観できる好著です。その始まりから展開、ヨーロッパでの過剰な思い入れを伴った受け入れられ方、そして、インドのカースト制の中に組み入れられて保存されてきた「パールスィー」の様子なども含めて、門外漢が知りたいと思うことが、漏れなく触れられています。
専門家になると一般読者への思いやりがいつの間にか失われることも少なくないのですが、ここまで特殊な専門ということもあってか、そのあたりの配慮と謙虚な姿勢には頭が下がります。
著者によれば、善悪二元論的世界観が提唱された後、教祖が予言した「世界の終末」がなかなかやってこないため、処女懐胎から救世主が登場するという考え方が苦し紛れに生み出されたそうです。そして、それにもかかわらずこの思想が計り知れない影響を世界の宗教史上に与えるに至ったというのは何とも面白いところです。
元々の土俗性もしっかり書かれていて、初期の熱心な教徒たちは、犬が善なる創造物であるのはいいとしても、カエルは悪なる創造物であるとして、毎日カエルを殺す時間を設定し、熱心にカエルを探し出しては叩き潰していたそうです。このあたりはなんだかこの世界初の倫理的宗教という文化的意義や、その高い精神性との折り合いが付きにくい部分です。人間というのはつくづく変な生き物だと思います。
また、ササーン王朝下のゾロアスター教文化においては、男性の服装に対して口うるさく批評しない女性が好ましいとされていたというのも興味深いところです。女性の美意識と男性に対する価値観がある程度確立していたからこその評価基準でしょうから、女性たちはそう虐げられていたばかりでもなかったのかもしれません。
ホメイニ改革前のイラン女性たちのファッションがパリのそれと区別がつかないくらい進んでいたというのも、こうした昔からの美意識のなせる技だったのでしょう。しかし、原理主義に国家を乗っ取られると、とんでもないことになるというのもまた宗教のおっかないところです。今日のイランはもはや自力で現体制を改革することはできないように思われます。
日本も相当なバカが政治をやっているところがありますが、こんなになってしまうと、おそらくすべてが破壊されるのでしょうね。この点、何のかんのと言ってもわが国は幸運でおめでたい国ですが、やはりそれは幸せなことでしょう。
(講談社選書メチエ2008年1500円税別)
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