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2009年6月18日 (木)

木村藤子『「気づき」の幸せ』

 霊能者がどのように透視するかがよくわかります。どうやら相談者の情景が手に取るように目に浮かぶようです。そんな能力を授かってしまったら、もう運の尽きです。霊能者の看板を上げるしかないでしょう。
 でも、相談者のためを思うほど、その人が言われたくないようなことも言わなければならないし、因果な商売です。かつてテレビ番組の中で飯島愛が芸能界の仕事を引退するのを涙を流しながら引き留めていた著者には、その時点ですでにかなりはっきりしたことが見えていたのかもしれません。
 こうした霊能者の存在が日本の土着の文化の中でどのように根付いてきたかということはあまり研究されていないような気がしますが、秋元松代の戯曲の世界にその怪しい部分とともに見事に描き出されていたのが思い出されます。もっとも、著者は戯曲の中野人物のように教祖になるタイプではなくて宮司さんの奥さんによくあるような優しくてふくよかな感じの人です。
 現実の相談者の例では、祖先の霊がたたっているというより、どうやら本人の所業に原因がある場合の方がはるかに多いようです。霊のせいにして自分の責任を逃れるなら、こんなに楽なことはないからです。これでは言いたくないことも言わなければならなくなるはずです。
 一般に、怪しい人は気配や雰囲気でわかるという人は少なくないと思いますが、それにしても、ここまではっきりと見えると本当に大変だと思います。かつての教え子のおばあさんで四国の地元では除霊の仕事をしているという人が、孫が金縛りに遭うのが心配で、ときどき名古屋の下宿まで面倒を見に来られていました。そのおばあさんによれば、毎晩かつての戦場を走り回っている武士たちを見るとのことでした。これでは夜もおちおち寝ていられません。
 いやー、見えなくてよかった。

(小学館2007年1,200円+税)

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