池田晶子『私とは何か―さて死んだのは誰なのか』
著者が亡くなってかれこれ2年になりますが、これまで単行本に収録されていなかった原稿や未発表草稿からなる3部作が新刊として日の目を見ました。これはその一つです。それにしてもたくさん書いていたんですね。文筆業という肩書きに偽りなしですが、あらためて感心させられます。
著者の思考はいつもながら明晰、明快で論理の力で宇宙の果てまでも連れて行ってくれます。「私とは何か」と問うものは、それ自体すでに「私」を超えているわけで、それは私でもありあなたでもあり、人びとでもあるような、でも、それは決して邪悪な存在ではないような意識です。
このあたりでわが国の講壇哲学者は心配になってきて、何かよすがとなるべき外国人タレントはいないかとあたりをきょろきょろし始めるのですが、著者はためらうことなくどんどん進んでいきます。このあたり私などには実に爽快ですが、これを嫉妬も手伝って、学問的でないとか批判する人もいることでしょう。
学者の世界だったら、弟子にあいつを批判しろと命じたりすることも珍しくありませんが、哲学の学閥ではどうなんでしょうね。私は師匠がメインストリームから外れているというか、うまく距離を置いていた人だったので、そんなヤクザの舎弟のような真似はしなくてすみました。わが国の業界のしきたりからすると、この点だけでも幸せなことだったかもしれません。
女性の哲学者というのはあまり例がありませんが、著者は希有な例外です。ほかにはシモーヌ・ヴェーユくらいでしょうか。もっとも、著者はそもそも世界精神の人なのであって、女性とか男性とかいうことに意味を認めていないので、そんなことを言うと失礼に当たることでしょう。そう、著者は日本人ということも超えて、世界的にもあまり例を見ない独特の哲学者なのだと思います。
(講談社2009年1500円税別)
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