J.S.ミル『コントと実証主義』
A.コントの『実証社会学講義』はとても全部読む気になれない本ですが、ミルのような知性がしっかり解説してくれると助かります。しかし、実はコントに関心があって読んだのではなく、ミルが実証主義をどうとらえているかという点に興味があったので読んでみたのでした。ミルは有名な『論理学大系』において帰納法と演繹法を論じるにあたって、自然界の斉一性を重視していたことが知られていますが、実証主義も基本的に帰納法に依拠しているので、そんなことが書かれていないかと思って読んでみました。
実際それは「継起の斉一性」という表現でちらりとは出てきましたが(63-64頁)、詳しくは『論理学大系』を見よとのことで、うーん、楽はできないようです。ただ、ほかに驚かされたのは、ミルがコントは科学哲学のうち、探求の方法すなわち発見の原理の追求において比類なき成果を上げたと評価しているところです。
今までコントにそんな面白いところがあるなんて考えもしませんでしたし、中公の世界の名著あたりを読んでみても、そんなことは感じたことがありませんでした。ただ、本書の記述を読んでも具体的にどのようなことで優れているのかは今ひとつわかりませんので、また、コントについては読み返してみます。ただ、少なくとも清水幾太郎の解説ではまったく触れられていなかったのも確かです。
ミルの記述は常識的で公平で好感が持てます。ただ、コントの思想が晩年妙な宗教を興し、全体主義的国家を志向するような思想を展開するのにはさすがに辟易している感じです。実際、自分が認めた本以外は有害なので焼き捨てよというコントの主張には改めて驚かされます。自由主義、多元主義をよしとするミルの主張はもっともですし、強引な体系化を進めようとするコントとはこのあたりではまさに水と油という感じですが、コントの思想の暴力性を窺い知るのにも役に立つ本です。
そういえば、マルクスはコントのことをぼろくそに言っていましたが、体質的には近親憎悪だったのかもしれません。両者ともに自分の思想が同時代の決定版で、すべての問題に最終的解決を与えうるものだと信じていましたから。
ただ、マルクスはヘーゲルを経由しているせいか、哲学的に深遠なものを感じさせる文体であることも確かです。そして、何よりコントほど荒唐無稽で無防備な議論ではなかったことが幸いしたのでしょう。
(村井久二訳木鐸社1978年1500円+税)
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