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2009年7月 3日 (金)

プラトン『ソクラテスの弁明 クリトン』

 やはりこれは何度読んでも名著です。ソクラテスのとんでもなく凄いところが、しっかりとらえられています。ただ、年齢がいってから読むと、文庫本の活字の小ささが目にこたえます。角川文庫版の山本光雄訳はどうかと思って見てみましたが、あまり違いませんでした。最近の文庫だともう少し大きい活字になっているかもしれませんが、これからも繰り返して読むつもりなら、結局のところプラトン全集を買っておくべきかもしれません。
 実はプラトン全集はかつて大学院の博士課程に進んだときに、研究の方向を再確認するために全部読んだのですが、意図がよこしまだったためか内容をあまり覚えていません。当時は『テアイテトス』が気に入ったという印象だけが残っています。図書館から借りて読んだので線を引いたり書き込んだりできなかったことも手伝ったかもしれません。
 そういえば後輩の大学院生で本にバツ印をつけたり批判を書き込みながら読んでいるN君という面白い人物がありましたが、今頃どうしているのでしょう。これは著者と対話するわけですから、なかなかいい読書法だと思いましたけどね。ウォーコップや福田恆存を紹介してくれた好青年でしたが、語学も抜群にできてドイツ語や英語の原書も自在に読みこなしていたのに、残念ながら大学という制度からは外れてしまったようです。

 さて本書ですが、やはり「一番大切なことは単に生きることではなくて、善く生きることである」(74頁)というくだりは何度読んでもいいですね。そして、不正には不正を、禍害には禍害を報いてはならないという議論にクリトンが素直に同意してしまうシーンも感動的です。もっともこのあたりはプラトンの創作でしょうけれど、それはそれでいいと思います。
 おそらく池田晶子が言っていたように、ソクラテスという人は決して自らの信じる正義に殉じたのではなく、正義や善を愛するにあたって、死というものはおそらく本当にどうでもよいことだったのでしょう。死は考えてもわからないし、考えられません。死を恐れる自分というものを考えると、死んでしまってからならそれは考えられないし、死んだ後に残る魂があれば、それはもはや死を恐れていないはずですし、とまれ、いろいろと考えてみて、文字通り死を恐怖しなかったのがソクラテスです。理解はできます。とりあえず。でもあまり苦しみながら死にたくはないなあ。
 やっぱり哲学者というのはかなりの変人です。ソクラテスはその後に続く哲学者たちの中でもとりわけ群を抜いています。哲学に興味がある人はまずはこのソクラテスのヘンさ加減をしっかり味わうこといいでしょうね。

(久保勉訳岩波文庫1927年1964年改版310円)

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