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2009年7月 1日 (水)

池田晶子『魂とは何か さて死んだのは誰なのか』

 この巻は遺稿集三部作の2巻目に当たります。テーマがテーマだけに、著者がこれを論じながらも、ついに論じきれないという苦闘の後が窺えます。魂というのは本人の意識や肉体を超えて、もっと本人らしいものなので、これは確かにソクラテスもプラトンもお手上げのはずです。しかし、著者が巫女さんのようになってみれば、感覚的にはしっくりくるものでもあるので、このテーマに惹かれるのはよくわかります。
 もっとも、これは答えがどうの語り口がどうのというより、その格闘ぶりに感心させられます。オカルトの方へは行かずに魂を語るなんてできないだろうと思っていましたが、実は本書には愛犬の存在とその魂がたっぷりと語られているのでした。編集の妙かもしれません。
 著者は「犬とは、犬の服を着た魂である。そして、人間とは、人間の服を着た魂である」(116頁)と言います。このコリー犬と著者のツーショット写真は目つきや表情がお互いに見事なまでにそっくりで驚かされます。これは明らかに二つの魂です。今頃あの世でいっしょに散歩しているのではないでしょうか。ついでながら、編集の中心人物の一人であるだろう著者のご主人の愛も感じられます。
 もう一つ感心させられたのは、デカルトの『情念論』からの引用です。それは「『嫉み』をいだく人びとの顔色が鉛色になりがちなのはなぜか」というくだりですが、デカルトが観察した以上のことを感じていることがわかって面白いと思いました。これを著者は「感情という精神の一作用の、塊(マッス)な感じ、不透明な感じをよくとらえていると思う」(231頁)と述べていて、それはそれで面白いのですが、このような何か黒々とした感じで大学構内をうろついている邪悪そうな魂というのもよく見かけるんですよね。なるべく遠巻きに観察して、近寄らないようにしています。くわばらくわばら。

(トランスビュー2009年1500円+税)

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