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2009年7月20日 (月)

プラトン『ソクラテスの弁明 ―エウチュプロン、クリトン』山本光雄訳

 この翻訳は初めて読みましたが、岩波文庫の久保訳よりもはるかに読みやすい文章です。家内が大学のゼミで読んだときの本ですから、さすがに紙もかなり日に焼けているのですが、活字の組み方も当時の文庫にしてはゆるくていい感じです。
 それにつけても本書の特に「ソクラテスの弁明」は何度読んでも味わいがあります。今私が取り組んでいる本の最後のところで悪法の問題に突き当たっているのですが、その点にこだわりながら読んでみるとやはり新たな発見があります。編集者もいろいろと適切な助言を与えてくれるので、最後の章の出来映えが少しはよくなりそうです。
 基本的な問題は法を守るということの積極的な位置づけです。正義は何かと問い続けていたソクラテスは、あくまで「無知の知」を実践していたわけですから、これが正義だというように何か固定的な正義について語っているわけではありません。そのことと、法に従って死刑判決を受け容れることとの関係はどうなっているのか、ということです。
 もっともこれは、自己の信奉する正義の御旗の下に権力に抵抗するという典型的な近代的反権力、革命思想と対比させてみるといいのかもしれません。不正に対して決して不正で応じないというのはそういうことなのだろうと想像します。
 もう一つは死についての相当にさっぱりした考え方で、それはこんな感じです。

 「すなわち死んでいることは二つのうちのいずれか一つである。つまり、それは全然存在しないようなもので、死んでしまっている人は何ものについてもなんらの知覚を持たないか、それとも言い伝えのように魂にとっては一種の転生であり、この世の場所からあの世の場所への転居であるか、である。そこで実際もしなんらの知覚もなくて、人がよく眠って夢さえ一つも見ないときの眠りのようなものであるなら、死はすばらしい獲物であるだろう」(96-97頁)

 これだと易々と死を乗り越えられそうな感じですが、だからといってさっさと実際に乗り越えられてもらっても、取り残された人は困るでしょう。その困った人たちの一人がほかでもないプラトンだったので、このような謎と魅力に満ちた本が残ったのでしょうね。

(角川文庫昭和51年改版)

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