池田晶子『人生は愉快だ』
本書の帯に「死んでからでも本は出る」とあります。実際本書も入れると9冊出ています。本書も第1章の172頁分が書き下ろしですから、著者はいろんな仕事を並行して進めていたようですが、それにしてもこの膨大な仕事量には改めて驚かされます。これだけ書けば、本人も仕事に関してはあまり思い残すことはなかったのではないかと想像します。
本書の第1章というのは、古今東西の哲学者・思想家たち30人についてそれぞれ短くコメントしたもので、簡潔ながら著者独自の視点が異彩を放っています。たとえば、著者はウィトゲンシュタインのところでこう述べています。
「たいていの人は、世界が在ることそのこと、自分が居ることそのことが神秘なのだとは感じていない。神秘はどこか別のところにあると思っている。だから科学でありオカルトなのだ。本当の神秘を感じた人は哲学をする。しかしこの哲学的天才の見ていたものを、続く研究者たちは見ていない。亜流は魂を受け継がない。天才の技術や方法を真似ることはできても、その天才を真似ることはできない」(141頁)
その通りですね。そもそも仮に著者が亜流の研究者だったら、こんなに仕事はできなかったでしょう。そして、それはわが国の読書界にとってはまことに慶賀すべきことです。著者こそは哲学者の魂を受け継いでいる当の本人だからです。
ここでいう哲学者の魂というのは、自信というものについての著者の考え方に現れています。つまり、「誰にとってもそうであるところの考え」は、自分一人を超えていて、「それが自分を超えていることを知っているから、人は自信をもてるのですよ」(202頁)と言います。オリジナリティとかどうでもよいところで成立しているのが自信です。結果的に自分というものがよく出ることにはなりますが、それはあくまで結果であって、目的ではありません。こうした考える姿勢と生き方が一致しているのが哲学者の魂なのでしょう。
著者はちょっと早めに人生を完結させてしまったので、哲学者の魂としてはついに非の打ち所のないものになってしまいました。えらいことです。今頃おそらくあの世で過去の哲学者たちと談笑していることでしょう。
(毎日新聞社2008年1500円税別)
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