絲山秋子『沖で待つ』
昔、ハンガリーで小学生に2年間日本語を教えたことがありましたが、そのときの教え子の一人が日本語と日本文化を専攻するようになり、今年同書のハンガリー語訳を出版しました。おめでたいことです。作家のもとに足を運んでかなりきっちりとした仕事をしたように見受けられます。
実際、確かに日本人の生活を知るには、なかなかいい小説です。日本の会社の馬鹿げたところや、とてつもなく下品な上司が出てくるところなど、実によく分かる部分がありますが、これも外国人には興味深いところかもしれません。思えばかつていくらか読んだハンガリーの現代小説も、ちょっと似たところがあります。ハンガリーでは小説が社会誌みたいになっていたときもありましたしね。
わが国でも現代社会の風俗を写しているだけで芥川賞の要件を満たす傾向がありますが(審査員の作家先生方は自由業生活が長いせいか世におもねるところがあって「社会性」とか「現代性」という言葉に弱いようです)、これに文章のうまさというか独特の文体が加われば受賞間違いなしでしょう。もちろんそのハードルは決して低くないのですが、ただそれだけだと正直あんまり面白くないのも確かです。
この点で、芥川賞を真剣に狙っている人にとって、小説を書くこと自体が何だか苦行のようになっているのではないかという気がしますが、どうでしょう。何で自分のではなくあの作品が、と思いながら見えない壁に突き当たっているなんてのはつらいことでしょう。心なしか芥川賞作家ってあんまり幸せそうな顔をしていないように見えます。
これにひきかえ、直木賞作家やは何だか楽しそうです。賞とは今のところ無縁のように見える西加奈子などは、書くことを思いっきり楽しんでいる様子が行間からにじみ出ているというか、躍り出ているという感じです。いわゆる「純文学」って何なんだろうと思ってしまいます。ただ、いずれにしても作家本人にとって、これを書かざるをえなかったという迫力がある人は強いのだろうと思います。
さて、本書は三編の短編から構成されていますが、ハンガリー語訳のほうは収録作品が五作あり二つしか重なっていません。どうやら別のアンソロジーになったみたいです。どれもが文句なく楽しいというタイプの小説ではありませんが、意外にウケるかもしれません。
この中では一風変わったおとぎ話風の書き方ですが、三編目の石原慎太郎をモデルにした「しいはらぶんたろう」の人物造形は秀逸でした。これは結構笑えます。
いずれにしてもハンガリーでも多くの読者がつくことを願っています。元教え子の仕事も増えて、いい作品をどんどんハンガリーに紹介してほしいと思います。
(文春文庫2009年457円+税)
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