荒川洋治『世に出ないことば』
著者の文章を読むといつもいい気持ちにさせられます。実にいい文章なのです。本についてのエッセイでは、とり上げられた作家の本を無性に読みたくなります。単行本としては値段が高めの本ですが、必ず買うようにしています。気がつけば新刊が何冊か出ていたので、またぼちぼち買いそろえるつもりです。
本書で紹介された作家の中で気になったのは、オコナー、シュティフター、ホーソン、わが国の作家では黒島伝治や三浦哲郎です。名前は聞いたことがあったのですが、著者の紹介が見事なために読書欲をそそられます。
また、あまりにも著名でも読んだことのなかった『ドン・キホーテ』も「セルバンテスは四〇〇年たっても、それ以上たっても人間を『とらえる』ものの正体をさきがけて書ききった・・・幻想の谷間で生きる人間の姿はすみからすみまで、その光も影さえもほろにがい」(111頁)という風に紹介されると、読まなきゃなという気にさせられます。
著者にはいつも独特の目の付け所があり、その何ともいえない柔らかな語り口と相まって、一般的な文芸評論家の書くものとはまったく異なる世界を開いてくれます。伊藤左千夫の『野菊の墓』の最後に、亡くなった民子の死を悼む大勢の人が登場するシーンがあるのですが、「こんな人もいたのか、と思う。泣くことで、はじめて、この小説に姿をあらわす人たちもいるのだ」(203頁)と言います。著者がこういうところに注目するということ自体に新鮮さを覚えます。
著者は、作品を評価しようとつねに身構えている批評家の態度とはまったく違って、作品世界に入り込んで、そのことばの世界を味わい、楽しんでいます。この姿勢が貫かれているからこそ、こちらの読書欲も刺激されるのでしょう。
(みすず書房2005年2500円+税)
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