ジョン・ロック『人間知性論』(二)
2日から12日までハンガリーに出張中なので、更新が滞りがちになります。毎日チェックしてくださる皆さんにはお断りしておきます。すみません。
15年ぶりのハンガリーはお店が増えていて、車が外車ばかりになり、西側の町と変わらなくなってきました。ただ、建物の外壁の多くは昔のままで、特に修復も色の塗りなおしもなくそのまんまというところは変わっていません。まだ確かめていませんが、1956年当時の市街戦の弾痕も意図的に残したままかもしれません。
街の人びとの雰囲気は、失業者が高い割にはさほど荒れた感じはしません。先日は食糧の無料配給の行列を見ましたが、落ち着いた感じではありました。ボランティアなどは以前からごく自然に行なわれるので、こういうときの相互扶助の精神はスマートだなあと感心させられます。
小学校でも「日持ちのする乾燥パスタなどがあったら家から持ち寄ってください」といった感じの寄付活動があったりするという話を、ハンガリー在住の日本人の知人が教えてくれました。地域の教会なんかもこうした活動は始終やっていて、構えたところがなくていい感じです。マスコミなんかまったく意識していません。元派遣労働者が10人未満だったという噂の日比谷公園の派遣村とはずいぶん違う感じです。
もう一つ気がついたのはハンガリー人の若者たちの平均身長が伸びている感じがすることです。こちらが加齢に伴って縮んだのかと思ったくらいで、雲を突くようなというのは大げさですが男性で190cm、女性で180cm前後の若者をずいぶんたくさん見かけるようになりました。栄養状態が良くなったのでしょうか。
社会主義体制のころ、お金のない学生や若手研究者がかなりひどい食生活をしていましたが、今はどうなんでしょう。誰かハンガリーの知人に聞いてみるつもりです。
1980年代後半からハンガリーには旅行や留学でお世話になりましたが、当時の指導教授もまだご健在で何よりです。このところ同窓会づいていましたが、これもまた同窓会みたいな感じです。
さて、ロックですが、出発前に読んだので記憶を頼りに書いています。読んでいて訳語に引っかかるところがいくつかありましたが、単純な観念から理性のみならず感情のはたらきも構成されているということを、かなり詳細に論じています。デカルトを意識しながらかなり挑発的な議論を展開しているように感じました。
引っかかった訳語で今覚えているのは「有意的」という言葉で、注を見ると volition (意志、意欲)という原語だそうで、確かにこの言葉を適切な表現にするのは難しいのかもしれません。しかし、本当はこういうときにこなれた日本語にするのが翻訳の醍醐味なのではないかと思いますがどうでしょう。
帰国したら第三巻と四巻を一気に読んでしまうつもりです。時間を置くと以前の議論とのつながりを見失いがちになるので、かえって非能率的です。それで、全体を通読してから、改めて感想をつづります。
なお、滞在中には持参した別の本について書く予定です。
(大槻文彦訳岩波文庫)
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