豊田有恒『蘇る古代史 歴史は嘘をつく』
著者の縄文人に対する思い入れがたくさん詰まった本です。三内丸山古墳の規模などを見ると、縄文文化がいかに発展していたかが偲ばれます。何年か前に仙台市の歴史博物館の展示を見たとき、そこにあったユニークな縄文式土器の美しさに思わず息を呑んだ記憶があります。東北地方の文化の基底にはとんでもなくユニークで美しいものが潜んでいるのではないでしょうか。
それにもかかわらず、今日の歴史教科書の記述にも縄文文化のすばらしさがあまり反映されていなくてがっかりさせられます。まあ、教科書を執筆する学者は斯界の権威ですから、安全第一で行くのでしょうが、ときには不勉強な人もいて、テキトーなことを書いて批判されることもあります。権威と言っても学閥の継承者というだけのことだったりしますから、そんなことがあっても不思議ではありません。
しかし、さすがに著者はそんな学者とは違って、SF作家らしく、様々な想像を巡らせながらも説得的に当時の状況を論じています。話があっちこっち飛ぶのもまた面白くて、その脱線にも貴重な情報が含まれていたりします。これは口述筆記なのかという気がするくらいの脱線ぶりなのですが、だからといってそれで価値を下げるというわけではありません。
学校で話の上手な先生の脱線を期待しながら聴いていたころを思い出します。昔は猫が7歳を過ぎると一酸化炭素の感知能力が弱るせか、決まって掘り炬燵の中で死んでいたというような話が本書に出てきますが、結構こんなことをいつまでも覚えていたりするものです。
本書で触れられている丹後国風土記の浦の嶋子伝説は浦島太郎の原型とされる話ですが、これは本当に驚くべき話で、浦島太郎を相対性理論で解説するなんてのはありますが、もっととんでもない想像力です。著者絶賛ですが、そうでしょうね。筋書きだけでもびっくりです。これはいつか現物を読んでみましょう。
著者は江上波夫の騎馬民族説を縄文文化の展開として支持したいようです。狩猟採集民族が騎馬民族になるのは自然の成り行きなので、わかる気がしますが、渡来してきたのは弥生人のようなので、あれ、と思わされます。ま、いろんな想像ができますし、そこが面白いところです。
いずれにしても、縄文文化のことがわかってくると、日本文化の古層が明らかになるだけでなく、日本人の潜在的な可能性も開かれるような気がします。稲作農耕民族の単一文化という教科書的あるいはイデオロギー的な思い込みが事実とはまったく異なるということが、もっとはっきりしてくるといいと思います。
(青春出版社1997年840円+税)
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