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2009年9月24日 (木)

ラス・カサス『インディアスの破壊についての簡潔な報告』

 よくもまあこれほど残虐な民族虐殺を行なったものです。読んでいて気分が悪くなること請け合いです。中南米のインディオは1800万人以上が殺されています。それも思いつく限りの残虐さで娯楽の一環であるかのように殺されています。なお、スペイン人だけでなく、著者のラス・カサスも驚くほど冷酷無比だったのがドイツ人入植者で、400万人を超える大虐殺を行なっています。
 人間がここまで残虐になれるのは驚きですが、自分の中に眠っている残虐性を呼び起こすと案外こんなものが出てくるのでしょう。いったん相手を人間でないと思い込めば、屠殺をするように殺すのは簡単なのかもしれません。とにかく住民を一軒の家に閉じ込めて焼き殺したり、生きながら火あぶりにしたり、顔をナイフで削いだり、赤ん坊の手足を切り取って犬に食わせたりと、もうむちゃくちゃです。悪魔の所業とはこのことかもしれません。同情のひとかけらさえも見事に存在しないからです。
 スピリチュアル系の人があのあたりに行くと、無念の思いの中で殺された魂がたくさんあって悪酔いするのではないでしょうか。ホッブズが、人間が人間に対して狼になる状態のことを理論として述べていますが、これがまさにそれでしょう。イギリス人もかつてインドの綿織物職人の手を切り落としましたし、のオーストラリアでは200万人以上いたアボリジニを30万人にまで減らしたわけですから同類です。
 キューバで火あぶりにされた族長の一人は、火あぶりの直前にフランシスコ会の聖職者からキリスト教についての説明を受け、これを信じるなら栄光と永遠の安らぎのある天国へと召されるが、そうでないなら地獄に堕ちて果てしない責め苦に遭うと聞かされました。
 族長はしばらく考えてから聖職者にこう尋ねました。「キリスト教徒たちも天国へと行くのか」と。聖職者はうなずいて「正しい人はすべて天国に召される」と答えました。すると族長は「キリスト教徒には二度と会いたくはない。そのような残酷な人たちの顔も見たくない。いっそ天国より地獄へいった方がましだ」と答えたといいます(42頁)。いまわのきわにこういう台詞を残せるなんて大した心意気です。

 民族虐殺は最近ではボオスニア・ヘルツェゴヴィナが有名ですが、チベットやウイグルのリアルな状況もネットを通じてよく聞こえてきます。この点マスコミは腑抜けですね。そのうち天誅が下るでしょう。
一方、人類の記録に残っている虐殺中で一番古いのは旧約聖書のヨシュア記のそれでしょうか。これも徹底しています。異教徒は人ではないというのは実感としてはわかりません。
 この点では私は自分が日本人的な宗教意識の中にいることを実感させられますが、いずれにしても、こういうことが起こる条件をこまめに解体し続けておかないと、いつかはわが身に降りかかってくるでしょう。特に虐殺する立場にだけはなりたくないものです。
 こういいうときには、日本人なら民族虐殺の加害者になるくらいなら腹を切って死を選ぶという風になってほしいと半ば本気で思います。政治というのは何よりもそういう人にやってほしい仕事です。閣僚が文字通り全員切腹なんてことになると、きっと世界でも異彩を放つことでしょう。自民党でごたごたしている世代交代なども一挙に進みます。
 切腹はかつての武士の身の処し方でしたが、武士から武をとった官僚たちは腹だけは切らない決意を示してかれこれ100年以上になるのではないでしょうか。明治維新の頃の政治家は本当に武士だったりしましたから「坂の上の雲」が成り立ったのでしょう。今では政治家も官僚に感化されて、坂道を転げ落ち、考えることはわが身可愛さだけになっちゃいました。民間会社も天下りを受け容れているうちに経営陣が同じ空気に染まってきました。一億総小役人になる日もそう遠くはありません。いやもうなっているのかも。
 この点で政権交代が起こったのは天の声でしょう。民主党は少しは腹を切る心づもりでいるでしょうか。

(岩波文庫1976年560円+税)

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