中村紘子『ピアニストという蛮族がいる』
文章がうまいですね。優れた演奏家には文章にもいいリズム感があるように思いますが、著者も例外ではありません。読み物としての構成もそのツボを心得たもので、挿話や余談が実にうまく配置されています。話題によっては歴史家的な語りもあって、笑いあり涙ありと見事なものです。これは音楽を聴かせるのと同じ要領なのかもしれません。
それにしても「蛮族」とはよく言ったもので、歴史に残る名ピアニストたちの奇人変人ぶりが、これでもかというくらい描かれています。また、ピアニストだけでなく、人脈が歴史上の著名な人物につながっているのも面白いところです。
わが国で最初の女性ピアニスト幸田延が露伴の妹だったとか、ロンドンの音楽アカデミーの校長で音楽霊媒の研究もしていたロイドウェッバーはあのミュージカルの作曲家アンドリューの父君だったとか、へぇーという話がてんこ盛りです。ほかにも、森茉莉やキューリー夫人も登場します。音楽家だけしか出てこないと思っていた世界がさっと広がります。
中でもウィーンで自らの命を絶った久野久という女性ピアニストの生涯は、あまりにも悲惨で忘れられません。明治時代における日本人の、それも女性ピアニストの西洋音楽との格闘が並大抵のことではなかったことがよくわかります。なにしろ音楽は聴いたらわかってしまいます。誰よりもヘボい演奏をしている本人が一番身にこたえます。
そういうのがわからなくてすむのが哲学・思想の翻訳で、紹介しているうちに本家よりも自分のほうが偉いような錯覚に陥るわが国の(特に文科系)インテリも少なくないのですが、音楽のようにはっきりと自覚できる人が少ないのが残念です。本当は聡明な読者にはわかっているのですが(これは音楽と同じ)、バカがますます増長するという例をたくさん見てきました。
思えば、翻訳というのは音楽家のように名演奏家に対して自分の演奏で応じているのとは違います。相手が考えていることに対してこちらも考えることで応じるなら哲学ですが、その辺の違いをわきまえないのがまさにバカのバカたるゆえんです。洋行帰りの輸入業者が大きな顔をするのは、わが国のおそらく始まりの頃から綿々と続いてきた舶来品崇拝の風潮のおかげでしょう。
新しくて良いものはつねに外国にあるという一種の信仰ですね。ただ、これをさらに改良してがんばろうとするのは、日本人の元気の源ともなってきたので、もちろん一概には否定できません。無数のバカの中にわずかでも本物の天才が混じっていれば、結局イチローみたいに世界レベルになるわけですから、まあ、これはこれでいいことにしておきましょう。
ただ、大学みたいな狭い世界で威張るのはやめてほしいものです。人間としての出来がお粗末すぎます。メジャーリーガー対草野球のエースみたいなことになってんですけど、わかってないのは本人様だけです。
やはりその点でも音楽家は立派です。世界で勝負している人がたくさんいますもんね。
*246頁に「弱冠十九歳」という表現がありますが、文藝春秋社でもこれを編集が通してしまうんですね。ちょっと驚きです。文庫版では直っているでしょうか。
(文藝春秋1992年1400円)
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- ドイツ語で読む珠玉の短編(2026.06.23)
- 山本七平『小林秀雄の流儀』(2019.07.28)
- 田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(2017.02.20)
- 天外伺朗『宇宙の根っこにつながる生き方 そのしくみを知れば人生が変わる』(2017.02.19)
- 柴田昌治『「できる人」が会社を滅ぼす』(2016.12.30)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント