司馬遼太郎『尻啖え孫市』上/下(新装版)
今まで著者のエッセーはたくさん読みましたが、小説はまったく読んでいませんでした。これが私にとって最初の小説ですが、やはりさすがですね。実は著者のエッセーの文章はどちらかというとあまり好きではなかったのですが、これが小説の中でナレーションの役割をはたすと、偉そうな感じの語り口が鼻につかなくなるのは不思議です。まあ、実際に偉い人なんですけどね。きっと慣れの問題なのでしょう。
本書は戦国時代に和歌山の雑賀で鉄砲軍団を率いた雑賀孫市の型破りな人生を見事に描き出しています。といっても伝記や歴史書ではなく、あくまで小説で、合戦のシーンもはらはらどきどきさせられ、一流のエンターテイナーですね。緊張が高まるところでちょっと一息という感じであのナレーションが入ってくるので、ほっとさせられるという効果もあります。
しかし、これだけ当時の世界をリアリティーをもって描き出せるのですから、おそらく著者は本職の歴史家も舌を巻くほど文献を渉猟し、読みこなしています。著者の作品を原作にしてたくさんのドラマが作られてきたのも当然ですね。
もう一つの著者の特徴は自身独自の思想家だということでしょう。著者の思想は決して安手の近代的ヒューマニズム的ではないけれどもはっきりとした人間賛歌であり、それが小説の愛すべき魅力的な人物造形にも反映しています。主人公の孫市の益荒男ぶりはまことに痛快です。秀吉に対する見方も暖かいものがあります。
それから、本書では浄土真宗の日本的な特徴とその歴史の一断面が見事に描き出されていて感心させられました。というか、もともと本書を手に取った動機がそうだったのですが、孫市が惚れた美しい小みちに、如来は、「十万世界にあまねく満ち満ちていらっしゃいます。満ち満ちて、私どもが救われたくないと申しても、だまって救ってしまわれます・・・念仏をとなえようと、唱えまいと、[永遠の時間の中に]繰り入れてくださいます。それが極楽へ参れる、という境地でございます」(下巻86頁)
と語らせています。
一向一揆はこのような宗教的高揚感の中で戦われたのかもしれないと思わせてくれるところがこの小説のえらいところです。私が昔から関心のある妙好人の存在もしっかり書き込まれていて、戦国時代ではこんな感じだったのかとわかりました。私自身のご先祖様に妙好人がいらっしゃるような気がしてきました。
これをきっかけに、著者の作品をいろいろと読んでいくつもりです。となると次は『坂の上の雲』でしょうか。
(角川文庫改版初版平成二十年各629円税別)
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