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2009年10月16日 (金)

橋爪大三郎『裁判員の教科書』

 今年同僚の経済学の先生が裁判員に指名されたそうなので、本当に他人事ではなくなってきました。本書は素人向けに懇切丁寧に書かれているので、裁判員が回ってきたとしてもうろたえずにすむことでしょう。一家に一冊常備薬のように置いておくといい本です。
 本書が一貫して主張しているのは、裁判員は「検察官が被告人の有罪を立証できたかどうか、検察官をチェックする」(227頁)ことが仕事だということです。要するに刑事裁判で裁かれるのは検察官であって、被告人ではないということなのです。
 これは裁判に無縁な人にとっては目からウロコではないかと思います。法律が誰に向かって書かれていて、裁判員は何を判断するのかという動きをつかんでいる社会学者ならではの視点です。法律には宛先があって、憲法は日本国民から国にあてたもの、刑法は裁判官にあてた命令、民法は民事裁判を行う裁判官にあてたもの、ということをはっきりと書いた法学の本はほとんどないように思います。
 ウィトゲンシュタイン~ハートの法のルール説を応用するとこういう見方になるんですね。この立場では法と道徳の分け方が簡単になります。伝統的な法哲学の議論ではどうなるかということものちほどゆっくり考えてみたいと思います。
 いずれにしても、裁判員になった人にとっても少し肩の荷が軽くなることでしょう。感情的にならずに検察官の主張を慎重に検討するということに集中すればいいからです。
 ただ、罪刑法定主義や法律の不遡及の原則についてはしっかり書かれていますが、どういうわけだか被告人の反対尋問権の保障については触れられていないので、そのあたりはどこかで補う必要があるように思います。もちろん著者自身に補ってもらうのが一番いいので、増補版が出るのを待ちたいと思います。

(ミネルヴァ書房2009年1,800円+税)

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