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2009年10月25日 (日)

ダーウィン『種の起源(下)』八杉龍一訳

 下巻まで読んでみても感想は変わりませんでした。新種が生まれるまでの諸変種の中間形態が見られないことについての弁明は繰り返して出てきます。地質学的記録が不完全だからだという言いぐさは無理がありますが、自説の弱点を隠さずに反論とともに検証しようとする姿勢は立派です。
 それにしても、自然の中で獲得された形質が次代に受け継がれるという論理にすれば簡単なのにと思いますが、それだとラマルクの理論と同じことになってまずかったのでしょう。気の遠くなるような長い年月の間に徐々に変種が現れて、それが他との競争に勝っていき残っていくという考えは、生まれるたびにちょっとずつ変わってくはずなので、結局獲得形質の遺伝を認めていることにならないかという疑問はぬぐえません。
 同じようなことを唱える人が本書の出版以前も以後もたくさんいた時代なので、ダーウィン自身他の人との差別化を図るのには相当苦労した感じがあります。生存競争という言葉も時代の雰囲気をとらえる標語を作るのに長けた哲学者のH・スペンサーがすでに述べていましたし。
 しかし、ダーウィンのこの書物が今でも魅力を持っているのは、少々難点のある立論でも、ともかく進化という現象を包括的体系的に捉えようとした最初の試みであり、ダーウィンの立論の背景にある直感と情熱に何か心動かされるものがあるからでしょう。実際、今も進化という謎の現象は解明されていませんし、ダーウィンの理論をリニューアルすれば使えそうな気がする、と感じている人は少なくないように思います。
 翻訳についてですが、翻訳者に独特の考えがあるらしく、動詞の多くがあえてひらがなで書かれているのです。これがしばしば弁慶が長刀式に読みにくなって往生しました。たとえば、あつまるとかのぼるとか、ちがうとかはこぶとか、もちつづけるとかほろぼすとか、みとめるとかうたがうとかです。こうやってわざと続けると本当に訳がわからなくなりますが、まだまだたくさんあります。数頁をめくってみるだけでも、すすむ、こころみる、うたがう、とらえる、ぞくするなど漢字で書いた方がわかりやすい言葉が頻出です。著者に速読を妨害しようとする意図があるとは思えませんが、結果として読むスピードが鈍るのは確かです。あー辛かった。

(岩波文庫1990年改版670円)

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