カール・R・ポパー『果てしなき探求 知的自伝(上)』
ポパーは科学の探究の論理としての帰納法を認めていません。自由な仮説の設定とその反証可能性を担保することこそが科学の論理であるという立場は強い説得力を持っています。
ただ、実際の科学者たちはそこまで七面倒臭く考えてもいないのが実情でしょうから、ポパーがいくら理論的に正しくても、ポパーに従って科学的発見をしましたという学者は実際には現れてこないような気がします。
言っていることは正論でも誰もついてこないとしたら、やはりどこかに問題があるのだろうと思います。実際、科学者にとっては、帰納法で十分とされているならラクなほうがいいやというの気持ちもあることでしょう。面倒くさいのは専門分野の話だけにとどめて、方法論などにうつつを抜かすのは無駄だと考えられても仕方ありません。
この点でポパーは生前科学者たちから実は疎んじられていたのではないかという気がしてきました。他方で、ファイアアーベントなんかは、同業の科学哲学者たちからは蛇蝎のように嫌われていながら、現場の科学者たちからは結構面白がられていたのではないかとも思います。
それはともかく、私自身は帰納法について考えているところなので、得るところはたくさんあります。ポパーの言うところは確かにもっともですが、帰納法の隙だらけのゆるい論理が結果的にうまくはたらいているのだとしたら、やはりそこには何らかの見所はあるのではないかというのが、私が今持っている考えです。
まだ上巻までしか読んでいないので、下巻を読んでから作戦を練りたいと思いますが、まだ同時に注文したはずの下巻のほうは届いていません。実はつい間違って手に取ってしまったのがきっかけで読み始めたのでした。そうしたら、自伝的記述がいろいろと面白くてやめられなくなってしまいました。
他方で、理屈の部分はあっさりしすぎている嫌いがありますが、いずれにしても著者は読者に自説に対する反証を自由に積み重ねながら読んでもらいたいと願っていることでしょう。とにかくユニークで愛すべき思想家であることは確かです。
それにしても、著者の『探求の論理』は翻訳はないのでしたっけ。そっちを読まなきゃ話にならないような気がしてきました。
(岩波現代文庫2004年1000円+税)
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