橋本治『明日は昨日の風が吹く』
雑誌「広告批評」に連載されていたコラムを1997年から雑誌の最終号のそれまで選んだものです。母体の「広告批評」が廃刊になったとは知りませんでした。誰のための雑誌かよく分からない上に、編集長が思いっきり凡庸な人だったので、早くから見切りをつけて読んでいませんでしたが、いつの間にか橋本治の連載があったとは知りませんでした。もっとも、それならそれで立ち読みで済ませていた気がしますが。
それにしても、コラムは橋本治の鋭さ全開で感心させられることしきりです。経済に関しては最新刊の新書『大不況には本を読む』と重なるところが少なくありませんが、これも改めて読むとまた改めて説得されてしまいます。
サブカルチャーへの視点も確かで、歌謡曲の衰退については次のように述べています。
日本人は、もう十分に「共有するもの」を共有してしまったので、全国的に流通する歌謡曲を、そんなにも必要としなくなったのだ。「多くの日本人が共有する情景」ではなくて、「自分一人に必要な心情」へ傾いていって、それまでの「全日本人を対象とすることによって成り立っていた歌謡曲」は、衰退へと向かったのだ。「阿久悠の時代」は1980年代の前半までで、それは阿久悠が不振に陥ったのではなくて、日本人が各自バラバラになにかを求め始めた時代の到来のせいだと思う(153頁)。
こういうのって本当にすっきりします。内田樹の解説では橋本治は「自分が何を知っているのかを知るために書いている」という「説明する人」なのだそうです。これもなるほどという気がします。だから事態は実にわかりやすく説明されているわけです。ただ、では橋本治が何を言いたいかというと、言いたいことがあるのではないという構造になっています。言いたいことを混ぜると説明がわかんなくなっちゃうからです。
というわけで、文芸評論家は橋本治を昔から一貫して無視し続けてきました。これからもそうでしょう。そして、解説を書けるのは内田樹のようなこれもまたすごいセンスの持ち主でなければならないということになっているのです。
それはそうと、自分が知りたいからこそ文章を書くというのはありなんですね。安心しました。そんなつもりで書いた拙著新刊『法と道徳―正義のありか』もネットで検索にかかるようになりました。bk1とかです。また、店頭ではジュンク堂などの都内大手書店にもあるようです。どうぞよろしく。
(集英社2009年1800円+税)
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