森銑三『明治人物閑話』
森銑三については山本夏彦のエッセーでその存在を知っていましたが、こうして読むのは初めてです。簡潔で美しい文体です。本書では、鴎外や漱石、二葉亭あるいは成島柳北などの明治の知識人や歌舞伎役者、落語家などを、適宜その文章を引用しながら手際よく紹介してくれています。
文人の中でも著者はとりわけ斉藤緑雨の文章に惚れ込んでいるようで、実際、著者の文章は確かに緑雨のそれとリズムが似ているような気がします。私も皮肉屋の緑雨は大好きです。でも、著者は緑雨よりはずっとストレートにいい人だったのではないかと思います。
本書を通じてかつての著名人たちがより身近に感じられるようになりました。著者の、余計なことを語らずに文章を大量に引用するスタイルは、その人物の人となりを直に味わうという効果があります。ただ、名妓を批評した成島柳北の単文の最後に出てくる漢文なんかはうまく味わえないのが残念です。せめて返り点が振ってあればと思いますが、白文で漢文を読める人なんて今ではほとんどいないのではないでしょうか。
明治時代は和漢洋の知識に長けていなければ教養人とはみなされませんでしたから、私なんか当然失格です。ちょっとは読めるようになっておいた方がいいかなあと思いながらいたずらに年だけ重ねている最中です。情けない。
本書や山本夏彦のエッセーに名前の出てくる登場人物に花柳小説の名手と呼ばれた作家の岡鬼太郎がありますが、読んだことはないながら名前だけを知っていたら、かつての恩師のT先生に感心されたことがありました。T先生は和漢洋に通じた最後の教養人で趣味人のお一人だったと思いますが、それでもご自分は中途半端だとおっしゃっていました。
こうした本を通じて徐々に明治時代の知人が増えてくると、いろいろと世界が広がるという以上に人間の器量の点で当時の人びとから教えられるところがたくさんあります。自分も少しでもあやかりたいという気になってきます。文体からすると老人かと思われることのある私は、実はひそかに「目指せ天保老人」と思ったりしているのです。でも漢詩文のできない天保老人ではまったく格好がつきませんが。
(中公文庫2007年改版857円+税)
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