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2009年12月21日 (月)

ビル・ローマックス『終わりなき革命 ハンガリー1956』

 1956年の「ハンガリー事件」は最近ようやく公式に「革命」と呼ばれるようになりましたが、ソ連側から見た「動乱」でも中立的な「事件」でもなく、それが革命とする理由は本書を読むとよくわかります。
 56年の担い手は本書が説くように知識人ではなく、労働者とその後に続いた学生たちでした。このとき生まれた労働者評議会が存続し、自主管理体制として発展していたなら、ポーランドの「連帯」に似たものとなっていた可能性もあります。
 現実には労働者評議会はつぶされ、カーダール体制がその他の国内勢力をも押さえつつソ連とかなり上手く妥協して、それはそれで独特のかすかな発展と延命を遂げるに至ったのですが、結局は政治的自由がなければ経済は発展しないということがわかったのが1989年の体制転換だったように思います。
 本書は、翻訳者の南塚先生にハンガリーから勲章が授与されたときの記念講演とパーティーに出席して、お土産にいただいたものですが、付録に南塚先生による1956年事件の時系列的概略史と年表も収録されていて重宝します。いい本です。当時の労働者たちの元気の良さには感動的なものがあります。
 ちなみに、南塚先生のご講演は、先生が留学された1972年当時のハンガリーの様子がよくわかり、大変興味深いものでした。結構いい時代でもあったことがわかりましたが、そのあたりの良さを支えていたのは56年組の労働者たちだったのかなと、本書を読んで感じました。当時と比べてみると、私が留学した1987年から90年にかけては制度疲労が臨界点に来ていたように思います。
 今はどうなのかというと、難しいのですが、決して悪い時代ではないと思います。そして、他の西側諸国と同様に、政治的自由が何物にも代え難いという意識だけは共有されるに至っていると思います。大衆的民主主義の制度は確かにそんなにいいものではないのですが、それでも宗教的・イデオロギー的独裁体制にならないだけでもよしとしなければならないということなのでしょう。

(南塚信吾訳、彩流社2006年2,800円+税)

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