シモーヌ・ヴェーユ『哲学講義』アンヌ・レーノー編
昔から何度も読み返している本ですが、読むたびに新たな発見があります。実は今、一般社会人向けの講座で本書を購読しているのですが、あらためて彼女はすごいなと思わされます。
本書は女子校での講義ノートが元になっていますが、教え子たちは幸せだったことでしょう。かつて、アランの教え子だった学生は立ち居振る舞いからしてすぐにわかったといわれていますが、そのアランの教えを受けたヴェーユの、そのまた教え子たちも、きっといい雰囲気を持っていたのではないでしょうか。いずれにしても、こんな綿密なノートを残していてくれたことに驚嘆するとともに感謝せずにはいられません。
本書で今回最も驚いたのは、身体についての記述です。たとえば、
「身体はどんな思考よりも先に世界を分類してしまうものなのです」(24頁)という表現です。続けて「私たちが身体をもっているというただそのことによって、世界は身体にとって秩序立ったものとなり、世界が身体の反応によって整理されるわけです」(同頁)と述べています。
頭に先んじて身体が反応するということをよく観察してみるなら、確かにこうした思考が導き出されるのはわかりますが、さらに、そこから「私たちの身体とかかわりをもつのは、全体であって細部では」なく、「身体は関係を捉える」(25頁)という具合に言い換えていくところが鮮やかです。独特の比喩的な論理展開ですが、どきりとさせられます。
もう一つは、昔読んで救われた気がしたところですが、フロイトの「抑圧」に関する記述です。以前ここでも書いたような気もするので、簡単に引用しておきます。それは、
「私たちのなかにいる怪物どもをあかるみに引きだし、怪物どもと対決することを恐れてはなりません。カトリックでも、自分のなかに見出すものを恐れるな、あらゆる種類の怪物がそこにはいるのだから、と申しております」(121頁)
具体的にはこんな表現になるわけです。
「おまえはいったい何を考えているの? ―人殺しよ。―さあ、もうそんなことは考えないようにしなさい」(同頁)
そっかー。あらためて抑圧してしまって全然かまわないんだ、と若い頃の自分には腑に落ちるところがあったのです。今読んでもこの考え方でいいと思います。これはなんといっても「恐るべき子供たち」を預かる教育関係者たちにとって、実にありがたい教えです。
そもそもフロイトはかなりの自然科学主義者でもあったため、精神的エネルギーをエネルギー保存の法則に倣って論じようとしていたというだけの話です。邪悪なエネルギーを決して甘く見るわけではなく、あかるみに引きずり出して対決せよというヴェーユの姿勢は、現代思想の前線におけるジャンヌ・ダルクのように輝いて見えます。すごい人です。
(渡辺一民・川村孝則訳、人文書院1981年1800円)
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